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ドニ ドニ Denis

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ドニ
ドニ
Denis

パリの初代司教,フランス保護聖人。ラテン名 Dionysius。3世紀中頃布教のためゴールのパリに送られ殉教。ツールグレゴリウス (6世紀) の史書の記述が8世紀に誤解され 90年頃の人とされ,9世紀にはインドゥマンが彼をディオニュシオス・ホ・アレオパギテスと同一人と考え,ディオニュシオス偽書の著者とした。

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ドニ
ドニ
Denis, Jean-Baptiste

[生]1643
[没]1704
フランスの医師。パリ大学教授,ルイ 14世の侍医をつとめた。記録によると,数度の動物実験をしたのち,1667年頃に出血多量で重態の青年に子ヒツジの血を輸血して成功したといわれる。しかし,その後事故が起ったので,68年に動物血のヒトへの輸血は禁止された。

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ドニ
ドニ
Denis, Maurice

[生]1870.11.25. グランビル
[没]1943.11.13. パリ
フランスの画家。 1888年アカデミージュリアンとエコール・デ・ボザールに学び,P.セリュジエ,E.ビュイヤール,P.ボナールらを知る。ゴーガンの強い影響を受け反印象主義を標榜し,彼らと 1880年代末にナビ派を結成,象徴主義美術運動を推進した。

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デジタル大辞泉の解説

ドニ(Maurice Denis)

[1870~1943]フランスの画家。ゴーギャンの影響下に結成されたナビ派の中心となる。のち多数の宗教画を描いた。作「聖歌」など。

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百科事典マイペディアの解説

ドニ

フランスの画家。グランビル生れ。アカデミー・ジュリアンに学ぶ。ゴーギャンの影響を受け,ビュイヤールボナールらとナビ派を結成し,その理論化に寄与したが,次第にナビ派から離れ,装飾的・説話的に宗教的主題を描くようになり,教会堂や劇場に壁画も残した。
→関連項目川口軌外セリュジエラ・フレネー

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世界大百科事典 第2版の解説

ドニ【Denis】

3世紀半ばごろのキリスト教の聖人でパリ初代司教。ラテン名ディオニュシウスDionysius。生没年不詳。Denysともつづる。〈聖人〉を意味する〈サンSaint〉を付してサン・ドニと呼ぶことも多い。フランスの守護聖人ならびに14救難聖人の一人。頭痛,狂犬病を治癒すると信じられる。《使徒行伝》が伝えているアテナイの裁判官ディオニュシウス・アレオパギタと同一視されることもある。伝説によれば,キリスト教布教のためにローマ司教ファビアヌスFabianus(在位236‐250)によりガリアへ派遣されたが,異教徒により2人の聖人,リュスティク(ルスティクス)とエリュテール(エレウテリウス)とともに斬首されて殉教した。

ドニ【Maurice Denis】

1870‐1943
フランスの画家,美術理論家。ナビ派中心人物の一人。グランビル生れ。アカデミー・ジュリアン在学中の1888年,セリュジエを通じて知ったゴーギャンの〈総合主義synthétisme〉に強く影響され,〈照応correspondance〉に基づいた象徴主義理論を展開。主題とは無関係の絵画それ自身の自立性を主張する一方で,アール・ヌーボー風の曲線と,淡く甘美な色面を調和させた作風により多方面で世俗的な成功をおさめる。

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大辞林 第三版の解説

ドニ【Maurice Denis】

1870~1943) フランスの画家。ゴーガンに学んでナビ派に参加するが、晩年は新しい宗教画の創造をめざした。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ドニ
どに
Maurice Denis
(1870―1943)

フランスの画家。グランビルに生まれる。17歳のときからアカデミー・ジュリアンに、ついでエコール・デ・ボザールに学ぶ。1890年サロンに初出品。ポンタバンのゴーギャンの教訓を得たセリュジエを中心とする「ナビ派」の結成に参加。ドニは年少であったが、やがてこのグループの指導的な存在として、90年、現代絵画の基本的路線となる理論「一枚の絵とは、軍馬や裸婦やなんらかの逸話である以前に、本質的に、ある秩序で配置された色彩が覆う平坦(へいたん)な面であることを想起しよう」を宣言(『アール・エ・クリティック』誌)。簡略化された形態、アール・ヌーボー風の曲線の体系、穏和な色彩、理想主義的な主題が、90年代から20世紀初頭の彼の作品を特徴づけている。1912年シャンゼリゼ劇場の天井画を描くが、翌年ごろから宗教画に専念し、19年にはデバリエールとアール・サクレ工房を設立している。多くの装飾壁画、挿絵を手がけ、『絵画理論』(1912)、『宗教美術史』(1939)などの著作もある。その他の代表作に『セザンヌ礼賛』(1900・パリ国立近代美術館)。サン・ジェルマン・アン・レーに没。[中山公男]

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世界大百科事典内のドニの言及

【サン・ドニ修道院】より

…パリ北郊にある修道院。273年にモンマルトルで殉死したドニ(使徒パウロの弟子ディオニュシウス・アレオパギタともいわれる)が,みずからの首を抱えて約10km歩き,倒れた場所に築かれたという墓をめぐって創設された。墓の周辺に形成された崇敬団に対し,まず聖ジュヌビエーブが修道院を建設し(5世紀末),ついでダゴベルト王が教会堂を再建した(7世紀初)。…

【パリ】より

…市の南北周辺はゆるい丘陵地となり,ビュット・ショーモン,ビュット・モンマルトル,ビュット・シャイヨー,モン・パリ,モンパルナスなどの丘がある。
【市街】
 パリ市街は1859年まで1~12区の約15km2にすぎず,13~20区は郊外にあったが,現在はその全区域に加えて,パリ近郊3県のオー・ド・セーヌ,セーヌ・サン・ドニ,バル・ド・マルヌが,完全に市街地化して連なっている。近郊は幅約10kmの内帯をなし,面積355km2,人口293万(1982)を擁して,パリと一体化している。…

【ナビ派】より

…カトリック精神および象徴主義の色彩が強い,フランス19世紀末の画家グループ。1888年,パリのアカデミー・ジュリアンの画学生であったドニセリュジエを中心に形成された。〈預言者〉を意味するヘブライ語nāḇî’にちなんだグループ名はセリュジエの命名になる。…

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