百科事典マイペディア 「ドレスデン国立絵画館」の意味・わかりやすい解説
ドレスデン国立絵画館【ドレスデンこくりつかいがかん】
→関連項目ドレスデン
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ドレスデンにあるドイツの美術館。その起源は16世紀半ばのザクセン選帝侯の美術品陳列室にさかのぼるが,18世紀前・中期にフリードヒ・アウグスト1世,ついで同2世が権威発現のため美術品の購入を進め,急速に拡大した。ジョルジョーネ《眠るビーナス》,ティツィアーノ《貢の銭》,コレッジョ《聖夜》,ロイスダール《ユダヤ人墓地》,フェルメール《手紙を読む娘》などおもに16~17世紀イタリア,17世紀ネーデルラントに重点を置く主要コレクションの大半がこの時形成され,美術都市ドレスデンの名を高めた。18世紀後半には外国人旅行者や美術学校生徒,19世紀には教養階層にも観覧が許され,ゲーテをはじめドイツのみならずフランスやロシアの詩人・文学者もここを訪れ,霊感を受けている。とくにラファエロの《シストの聖母》はロマン派の賛美の的となった。第2次大戦でG.ゼンパーが設計した収蔵館が被害を受け一時ソ連に接収されたが,現在再びツウィンガー宮殿で公開されている。なおC.D.フリードリヒらこの都市で活躍したドイツ・ロマン派を含む19世紀以降の作品は別に近代絵画館Gemäldegalerie Neue Meisterに収容されている。
執筆者:大原 まゆみ
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…古代への関心は,歴史的記念物や遺品への開眼を促し,種々の記念碑や博物館建設の気運が高まったのもこの世紀の特徴である。ミュンヘンの絵画館アルテ・ピナコテーク(1826‐36)もクレンツェの設計になったもので,このほかザイドルGabriel von Seidl(1848‐1913)のバイエルン国立博物館(1896‐1900)やゼンパーのドレスデン国立絵画館(1846‐52)が知られる。また歴史的関心は中世にまでも及び,19世紀初頭のロマン主義思想の流れを引いてケルンやウルムの大聖堂が完成され,ノイシュワンシュタイン城(E.リーデル,1868‐86)やウィーンの奉献教会(H.vonフェルステル,1856‐79)のようなロマネスクやゴシックを模した中世様式建築も造営された。…
※「ドレスデン国立絵画館」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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