インド哲学の一派。漢訳仏典では勝論(かつろん)と訳され,勝論学派とも呼ばれる。開祖はカナーダ(別名カナブジュ,カナバクシャ,ウルーカ。紀元前後?)と伝えられる。この派の根本テキスト《バイシェーシカ・スートラ》は彼の作であることになっているが,実際には2~3世紀ころに現在の形に整えられたものである。4~5世紀ころに学匠プラシャスタパーダが現れ,〈スートラ〉に対する注釈的綱要書《句義法綱要》(別名《プラシャスタパーダ・バーシャ》)を著し,バイシェーシカ説を一応の完成の域に高めた。
この派は,〈語の意味するところ〉を原義とする句義についての説を展開した。通常は,〈実体〉〈性質〉〈運動〉〈普遍〉〈特殊〉〈内属関係〉の六句義(ろつくぎ)が立てられる。これら六つの原理で現象界の諸事物の構成を解明しようというわけである。このうち,実体は,地,水,火,風,虚空,方角(空間),時間,自我(アートマン),意の9種に分類される。性質は,色,味,香,触,数,量,別異性,結合,分離,かなた性,こなた性,重さ,流動性,粘着性,音声,知識,楽,苦,欲望,嫌悪,努力,功徳,罪障,潜在的形成力の24種に分類される。運動は,上昇,下降,屈,伸,進行の5種に分類される。大まかに文法的な要素に対応させれば,実体は名詞に,性質は形容詞に,運動は動詞に対応する。
プラシャスタパーダ以降,無始以来,世界の創造と破壊を繰り返す最高主宰神も議論の対象となった。彼らにとって最高主宰神とはシバ神のことであるが,それは,数ある自我のなかの一つの特殊な自我であるとされる。われわれが解脱しても,われわれの自我がシバ神と合一するわけではない。
この派は,原因の中に結果があらかじめ存することはない(因中無果)という因果論を主張する。したがって,彼らによれば,原因にあたるものとはまったく別のものが,結果として新たにつくられるということになる。この説は〈新造説〉と呼ばれ,世界の成立ちをめぐって,転変説などと対立する。転変説などは,一元論ないし二元論と表裏一体の関係にあると考えられるが,それとの対比でいえば,新造説は多元論を意味しているといえる。
この派のもう一つの,しかも重要な特徴は,あらゆるものごとを徹底的に,基体と属性,限定されるものと限定としてとらえ,その相互の関係を緻密に規定することにある。この基本姿勢は,ウッディヨータカラ,バーチャスパティミシュラなどを通して,ニヤーヤ学派の知識論に決定的な影響を及ぼした。ウダヤナにおいて両派はほぼ完全に融合し,新ニヤーヤ学派の形成の基礎が築かれた。
→六句義
執筆者:宮元 啓一
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インド六派哲学学派の一つ。紀元前後に成立し、一種のカテゴリー論を展開した。開祖はカナーダ(別名カナブジュ、カナバクシャ)であると伝えられている。この学派の根本経典『バイシェーシカ・スートラ』は彼の作であることになっているが、実際には、2~3世紀ころに現在の形に編纂(へんさん)されたものである。5世紀ころに学匠プラシャスタパーダが現れ、『句義法綱要』(別名『プラシャスタパーダ・バーシヤ』)を著し、この派の学説を明晰(めいせき)に整備した。この派は、「語の意味するところ」を原義とする句義についての説を展開した。普通は、実体、性質、運動、普遍、特殊、内属の六句義がたてられるが、後世、無を加えて七句義とすることもあった。また、『勝宗十句義論(しょうしゅうじっくぎろん)』は孤立した異説を唱え、六句義に、普遍かつ特殊(漢訳語で倶分(くぶん))、有能、無能、無を加えた十句義をたてた。実体は、地、水、火、風、虚空(こくう)、方角(空間)、時間、アートマン(自我)、意(思考器官)の9種に分類される。性質は、色、味、香、触、数、量、別異性、結合、分離、かなた性、こなた性、重さ、流動性、粘着性、音声、知識、楽、苦、欲望、嫌悪、努力、功徳、罪障、潜在的形成力の24種に分類される。運動は、上昇、下降、屈、伸、進行の5種に分類される。文法的な要素との関連でいえば、おおよそ、実体は名詞に、性質は形容詞に、運動は動詞に対応する。
この派の一つの大きな特徴は、あらゆる物事を、徹底的に基体と属性、あるいは限定されるものと限定するものに分析し、その相互の関係を精密に研究、規定することにある。この基本姿勢は、ウッディヨータカラ(7~8世紀)やバーチャスパティミシュラ(9世紀)などの学匠を通して、姉妹学派であるニヤーヤ学派の知識論に決定的な影響を及ぼした。10世紀のウダヤナにおいて両派はほぼ完全に融合し、ナビヤ・ニヤーヤ(新ニヤーヤ)学派の形成の基礎が築かれた。
[宮元啓一]
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…とくに推理を詳しく論じ,五論証肢から成る論式〈五分作法(ごぶんさほう)〉を発達させた。(4)バイシェーシカ学派 ニヤーヤ学派と密接な関係があり,実体,属性など六つの範疇を立てて現象界の構成を明らかにしようとし,原子論を説き,インドの自然哲学を代表する。(5)ミーマーンサー学派 ダルマ(法)の研究を目指し,ベーダの規定する祭礼・儀礼の実行の意義を哲学的に考究する。…
…前150‐前50年ころの人と推定され,別名カナブジュ,カナバクシャ(以上〈穀粒kaṇaを食う者〉の意),ウルーカ(〈フクロウ〉の意)。伝承上では,きわめて厳密な術語体系をもつバイシェーシカ学派の開祖で,この派の根本テキスト《バイシェーシカ・スートラVaiṣesika‐sūtra》(現存のものは紀元100‐200年ころの成立)を編んだとされている。多元的実在論を展開し,ニヤーヤ学派の論証学にも強烈な影響を与えた。…
… これに対して,チャールバーカ,ローカーヤタ派などと称せられる人びとは,世界も心も物質の所産であると唯物論的な考えを表明している。ウパニシャッドの哲人ウッダーラカ・アールニ,原子論を唱えるニヤーヤ学派,バイシェーシカ学派にもそうした傾向が皆無ではないが,それでもなおこの経験世界を迷妄の所産とし,そこからの解脱を希求するなど,全体としては観念論というべきである。【宮元 啓一】。…
…その後は正統婆羅門(バラモン)(学派としてはおもにミーマーンサー学派)以外の一般思想界で実体規定の基調をなすものとしてひろくおこなわれた。バイシェーシカ学派の原子論についてみると,この派は地,水,火,風の四つを実体としてとりあげるが,この四つにはそれぞれ異なる原子があっていずれも無数に存在し,同質の原子とのみならず異質の原子ともよく結合するとし,それぞれの実体に固有の属性をもたせる。原子は直接知覚によってはとらえられぬが不変不滅のものであり,その最初の運動は人間の知りえぬある力によっておこるとした。…
…サンスクリットのアーカーシャākāśaの漢訳で,一般に大空,空間,間隙などを意味するが,古来インド哲学では万物が存在する空間,あるいは世界を構成する要素,実体として重要な概念の一つである。地・水・火・風の〈四大〉に虚空を加えて五元素ともいわれ,これに五感(香・味・色・触・声)を関連づけるサーンキヤ学派やバイシェーシカ学派の思想のもとでは虚空が聴覚と結びつき,音声は虚空の属性とされた(西洋哲学の〈エーテル〉の概念に相当)。仏教では〈六界〉の一つ(空界)とする一方,実在論的な部派では不生不滅の常住な存在(無為法)に高めた。…
…一方,ミーマーンサー学派,ベーダーンタ学派は,言葉とはバルナ(音素)にほかならず,その音素の特定の配列が直ちに意味を伝えると考え,スポータという余分なものを想定する必要はまったくないと主張した。これに対して,バイシェーシカ学派やニヤーヤ学派は,言葉は音声にほかならず,発音されるやいなや消滅する,そして言葉と意味の結合関係は世間の慣習的約束ごと以外の何ものでもなく,変化するものであると,語無常論を主張した。【宮元 啓一】。…
…また,(4),(5),(6)の三段論法は,現代の命題論理におけるトートロジーの一部であると解釈される。判断論理学【岡部 満】
[インド]
ニヤーヤ学派,バイシェーシカ学派は,〈他人のための推理〉(論証)に,五つの文からなる論式(五分作法)を用いる。例えば,主張〈かの山に火あり〉,理由〈煙の故に〉,実例〈およそ煙あるところには火あり。…
…観念論【茅野 良男】
[インド]
インドでは,古来,日常使われる言葉の対象(常識に考えられている世界の諸相)が実在するか否かについて,激しい論争がたたかわされてきた。実在すると主張する側の代表は,ニヤーヤ学派,バイシェーシカ学派,ミーマーンサー学派などである。それによれば,個物はもちろんのこと,普遍とか関係とかも実在することになる。…
…さらにまたW.ジェームズは自己の根本的経験論は多元論であり,世界はどの有限な要素も相互に中間項によって連続せしめられており,隣接項とともに一体を成しているが,全面的な〈一者性oneness〉は決して絶対的に完全には得られぬとして,多元論の立場から多元的宇宙を説き,一元論的な絶対的観念論の完結した全体的な宇宙観を退けた。【茅野 良男】
[インドの多元論]
インドでは,ニヤーヤ学派,バイシェーシカ学派の説が,多元論の代表とみなされている。これらの学派は,原因の中に結果が潜在的に存在することはないとする因中無果論を主張するが,これによれば,結果は原因とはまったく別に新しく登場するものであるということになる。…
…(5)ニヤーヤ学派の哲学 正しい論証,論理(ニヤーヤ)の探求を事とする。バイシェーシカ学派の姉妹学派といわれる。250~350年ころに編纂された《ニヤーヤ・スートラ》が根本経典。…
※「バイシェーシカ学派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
〘 名詞 〙 年の暮れに、その年の仕事を終えること。また、その日。《 季語・冬 》[初出の実例]「けふは大晦日(つごもり)一年中の仕事納(オサ)め」(出典:浄瑠璃・新版歌祭文(お染久松)(1780)油...
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