コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

バウムガルテン バウムガルテン Baumgarten, Alexander Gottlieb

6件 の用語解説(バウムガルテンの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バウムガルテン
バウムガルテン
Baumgarten, Alexander Gottlieb

[生]1714.7.17. ベルリン
[没]1762.5.26. フランクフルト・アン・デア・オーデル
ドイツの哲学者,美学者。美学 Aestheticaという名称の創唱者。 1737年ハレ大学員外教授,40年フランクフルト・アン・デア・オーデル大学教授。 C.ウォルフの弟子。ライプニッツ,ウォルフの影響を受け,認識を上級認識 (悟性的認識) と下級認識 (感性的認識) とに区分し,前者の学を論理学,後者の学を感性的認識の学すなわち美学とし,『美学』 Aesthetica (I,1750,II,58) の冒頭において「美学は感性的認識の学である」と明確に定義した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

バウムガルテン(Alexander Gottlieb Baumgarten)

[1714~1762]ドイツの哲学者。ライプニッツ‐ウォルフ学派に属する。感性的認識の学を哲学の一部門として樹立し、美学の創始者とされる。著「形而上学」「美学」など。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

バウムガルテン

ドイツの哲学者。C.ウォルフの弟子。1740年以降フランクフルト・アン・デル・オーデル大学教授。主著《美学》(1750年,1758年)で〈美学aesthetica〉の語を初めて用い,これを〈感性的認識の学〉と定義,哲学体系に位置づけた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

バウムガルテン【Alexander Gottlieb Baumgarten】

1714‐62
ドイツの哲学者で〈美学aesthetica〉なる語および学科の創始者。ライプニッツを継ぐC.ウォルフに学び,1740年以後死ぬまでフランクフルト・アン・デル・オーデル大学教授。カントが当時最大の形而上学者と敬重した人。だが学問史上最高の功績は美学の樹立にある。未完に終わったが2巻の《美学》(1750,1758)において,この新造語を〈感性的認識の学〉と定義し,上級認識たる悟性的認識を扱う論理学と,下級認識たる感性的認識を扱う美学とが認識論の2部門を構成するとして,哲学体系のうちに初めて美学を位置づけた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

バウムガルテン【Alexander Gottlieb Baumgarten】

1714~1762) ドイツの哲学者。感性的認識についての学を哲学史上初めて美学として位置付け、カントに影響を与えた。著「形而上学」「美学」など。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

バウムガルテン
ばうむがるてん
Alexander Gottlieb Baumgarten
(1714―1762)

ドイツのウォルフ学派の哲学者、美学者。ベルリンで生まれ、ハレで勉強し、1740年以降死ぬまでフランクフルト大学の教授であった。実践哲学理論哲学に先だって認識学をたて、その認識学を感性的認識論としての美学と悟性的認識論としての論理学に分けた。彼は美学を低次の認識学としたにもかかわらず、感性的認識の独自な構造を示して、感性的現象を悟性的な根拠へさかのぼることを否定した。この点で哲学体系のなかに美学を位置づける重要な業績を残した。彼の『形而上(けいじじょう)学』(1739)を中心とする著作は、カントをはじめとしたドイツの思想界で大きな影響力をもった。[佐藤和夫]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のバウムガルテンの言及

【美学】より

… その美学が新たな自覚を得て体系的学問として成立したのは近代18世紀のことであった。ドイツのバウムガルテンは合理主義哲学の伝統をひく哲学者だが,彼は従来の哲学体系には下位の認識能力たる感性的認識(上位は理性的認識)についての考察が欠けていたとし,感覚,感性,感覚的知覚をあらわすギリシア語aisthēsisに由来するラテン語aesthetica(ドイツ語化すればÄsthetik)を〈感性的認識の学〉と規定した。ここに生じた形容詞ästhetisch(美的)とは感性による直感的感受の契機と精神による英知的透見の契機とを併せもつ概念であるが,この新概念の豊かさのもとに後輩カントは感覚的,生理的な快と異なる美の普遍妥当性を説き,ついでヘーゲルは壮大な芸術哲学を築いて,美学は美および芸術の原理学としての位置を確立した。…

【ライプニッツ=ウォルフ学派】より

…このグループには,ウォルフ哲学を比較的忠実に継承した弟子たちと,それからある程度独立した考えを提唱するにいたる人々とが区別される。前者に属するのは,ドイツの広範な読者層にウォルフ哲学を広げることに貢献したチューミヒLudwig Philipp Thümmig(1697‐1728),ビルフィンガーGeorg Bernhard Bilfinger(1693‐1750)やドイツ美学の創始者と目されるバウムガルテンおよびその弟子マイヤーGeorg Friedrich Meier(1718‐77)などであるが,とりわけバウムガルテンはウォルフによってほとんど扱われなかった美学の領域に関してウォルフの体系を補完した。後者に属する人々としてはライマールスHermann Samuel Reimarus(1694‐1768),M.メンデルスゾーン,J.H.ランバートなどが挙げられる。…

※「バウムガルテン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

バウムガルテンの関連キーワード西ベルリン東ベルリンベルリン青ベルリン映画祭シュターツカペレ・ベルリンベルリン空輸回廊ベルリン・ゲームベルリン州立管弦楽団ベルリンタワーベルリン協定

今日のキーワード

カルテット

四重唱および四重奏。重唱,重奏の形態のなかで最も基本的なもので,声楽ではルネサンスの多声歌曲の形式であるシャンソンやフロットラから始り長い歴史をもつ。器楽も同様で,特に弦楽四重奏は室内楽の全レパートリ...

続きを読む

コトバンク for iPhone

バウムガルテンの関連情報