バシレイオス[カッパドキアの](英語表記)Basileios

  • カッパドキアの
  • バシレイオス

世界大百科事典 第2版の解説

330ころ‐379
アリウス派問題の解決に尽力したギリシア教父。ラテン名はバシリウスBasilius。〈カッパドキア三星〉のひとり。ニュッサのグレゴリオスの兄。〈大バシレイオス〉と呼ばれ,東方教会では〈修道生活の父〉として特に敬意がはらわれている。カッパドキアのカエサレアの富裕な名門の家に生まれ,生地およびコンスタンティノープルアテナイで学んだ。その間にナジアンゾスのグレゴリオス友情を結び,アテナイでは異教の哲学者リバニオスLibanios(314‐393ころ)の門で,のちにローマ皇帝として異教の復活をはかったユリアヌスとともに学んだ。

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世界大百科事典内のバシレイオス[カッパドキアの]の言及

【修道院】より


[東方の修道院]
 オリエント諸地方の修道形態は多様であって,パレスティナのガザやユダイアではラウラlauraと呼ばれる散居修道院の形式が多かったし,シリアでは高い柱の上で苦行する柱頭行者が多く,〈シメオンの城〉と名付けられた修道院遺跡(カラト・セマーン修道院)はその一端を今日にまで伝えている。シリアの北方の荒涼たるカッパドキア地方に修道制を広めたのはアルメニアの主教エウスタティオスEustathios(300ころ‐377ころ)であるが,ここでは彼の勧めで修道士となったバシレイオスの方が歴史上著名である。バシレイオスはパコミウスと同様に集団的な共住主義と財産共有主義を修道生活の基盤とし,修道士の服従と従順および労働を重視し,それを戒律として書き残したが,この〈バシレイオス会則〉こそ東方正教会所属の修道院における基本準則となったものである。…

【神学】より

…4世紀から5世紀初めは神学の伝統が確立した時期である。東方ではアタナシオス,バシレイオス,ナジアンゾスのグレゴリオス,ニュッサのグレゴリオスらが三一神論の確立に努力した。また神礼拝を通して人間の神化が目ざされる修道的・霊的・神秘的な東方教会の神学の基礎がすえられた。…

※「バシレイオス[カッパドキアの]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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