フランスの小説家。ボージュ県シャルムに生まれる。象徴主義の影響のもとに文学者として出発したが、象徴主義の風土に育ちその美学を倫理として生きる一青年が、人間の生きるという本能に目覚めて美の絶対世界から脱出する物語――『蛮族の眼(め)の下』(1888)、『自由人』(1889)、『ベレニスの園』(1891)からなる三部作『自我礼拝』Le Culte du Moiを発表することによって、世紀末から世紀初めにかけての時代の青春に大きな影響を与えた。彼自身そうした生を選び、1889年ブーランジェ派の代議士に当選、以後、第三共和政の腐敗を告発し続け、左右両翼の知識人を擁する国民的社会主義連合の結成を夢みた。98年に始まるドレフュス事件では反ドレフュス派の論客として活躍。その政治的立場は、『根こそぎにされた人々』(1897)、『兵士への呼びかけ』(1900)、『彼らの面影(おもかげ)』(1902)からなる三部作『国民的エネルギー小説』Le Roman de l'Énergie nationaleにうかがわれるが、ロレーヌ州出身の理想に燃える7人の青年のパリでの現実との闘いを跡づけるその作中には、正義=理想と人間愛との相克が浮き彫りにされ、それを克服するものとして民衆の本能崇拝が提起されている。
以後のバレスは、その幼時のプロイセン・フランス戦争体験と相まって、大地と血(=民衆)への「友情」に支えられた熱烈なナショナリストとしての姿を鮮明にし、『ドイツの兵役』(1905)、『コレット・ボドッシュ』(1909)、『霊感の丘』(1913)、『オロント河畔の園』(1922)といった小説で大地と血の神秘を描き続ける。1906年、代議士に再選されるとともにアカデミー・フランセーズ会員に選ばれ、右翼を代表する知識人として愛国者同盟総裁を務め、第一次世界大戦中に『大戦年代記』全14巻(1914~20)を残した。ほかに散文『グレコまたはトレドの秘密』(1911)などがある。
[渡辺一民]
『渡辺一民著『バレス再審』(『神話への反抗』所収・1968・思潮社)』▽『伊吹武彦訳『自我礼拝』(1970・中央公論社)』
フランスの小説家,評論家,政治家。フランス・ドイツ国境のロレーヌ地方に生まれ,普仏戦争の敗戦に深刻な精神的打撃を受けた。1883年にパリに出て法律を学ぶかたわら,文学者たちとの交際を深め,88年に小説《蛮人の目の下で》を発表する。これは《自由人》(1889),《ベレニスの園》(1891)とともに,《自我礼賛Le culte du moi》という総題の三部作をなす秀作であった。彼がいう〈蛮人〉とは自我の純粋性を脅かす異邦人のことである。そして,この自我を支えるものこそ国土と死者(先祖)だと彼は考える。こうして彼の自我主義はもともと国家主義へ道を通じる態のものであった。文学活動と並行してブーランジェ将軍派の代議士としての政治活動も活発に行い,パナマ運河事件,ドレフュス事件などでは,国家至上の立場に立った。どんな人間も民族や国土から孤立すれば無価値となる,と考える彼は,《民族的エネルギーの小説Roman de l'énergie nationale》という総題の三部作,すなわち《根こそぎにされた人々》(1897),《兵士への呼びかけ》(1900),《彼らの顔》(1902)などの小説でその思想を鮮明にする。この国粋主義的傾向は最後の三部作《東方の砦》,すなわち《ドイツに奉仕して》(1905),《コレット・ボードーシュ》(1909),《ラインの精》(1921)においては,カトリック的神秘主義の色合いさえ見せている。その他,傑作小説《霊感の丘》(1913),14巻の《大戦の記録》(1920-24),14巻の《わが手帖》(1930-56)なども,彼の貴重な文学遺産といえよう。
執筆者:若林 真
フランスのジャーナリスト,作家。中央山岳地帯のル・ピュイに生まれ,その後ナントに住む。父親は学校教師で,息子にも教職の道を進ませようとしたが,彼ははげしく反発し,反抗的な幼少年期を送った。1848年の二月革命に感激した彼は,50年にパリに出て,共和派と交わり,プルードンを愛読。バリケードに立てこもったと知った父親によって,ナントへ連れ戻され,精神病院に閉じこめられるが,友人の努力によって解放され,再びパリのカルティエ・ラタンに戻り,貧困生活を送る。そのうちジャーナリストとして知られはじめ,自らもつぎつぎと新聞を発行,《街頭》《人民》《不服従者》などと命名する。この題号は彼の思想を要約するものといえる。71年2月,日刊紙《人民の叫び》を創刊。パリ・コミューンに熱狂し,委員となり,バリケードにこもる。コミューン敗北後,欠席裁判で死刑の宣告を受け,ベルギーからロンドンに亡命。ここで自伝的小説《ジャック・バントラ》をジャン・ラ・リュ(街頭ジャン)の筆名で書きはじめる。80年特赦により帰国,《人民の叫び》を復刊,〈社会革命〉の必要を唱えつづける。《ジャック・バントラ》(1879-86)は《少年》《バシュリエ(大学入学資格者)》《蜂起する者》の3部より成るが,作者の生涯の小説化といえる。彼は教室や教師,両親に反抗し,なんども社会革命の試みを経験したが,そのたびに挫折した。要するに彼は一貫して孤独な反逆者であった。
執筆者:山田 稔
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