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バーナンキ バーナンキ Ben Shalom Bernanke

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デジタル大辞泉の解説

バーナンキ(Ben Shalom Bernanke)

[1953~ ]米国の経済学者。2002年、FRB連邦準備制度理事会)理事に就任、2006年より第14代FRB議長。大胆な量的緩和策を推し進める。デフレの克服にはヘリコプターから紙幣をばらまくような大胆な金融緩和が有効、との見解を示したことから、ヘリコプターベンの異名をとる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

バーナンキ
ばーなんき
Ben Bernanke
(1953― )

アメリカの理論経済学者。2006年から2014年までの2期8年間にわたり、第14代アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)議長を務めた。「開かれたFRB」の推進者で、議長記者会見や経済・物価見通しの公表をはじめ、金融政策の透明性向上や市場との対話に努めた。
 ジョージア州オーガスタ生まれ。1975年ハーバード大学経済学部を首席で卒業し、1979年にマサチューセッツ工科大学で経済学博士号を取得した。1983~1985年にスタンフォード大学で教鞭(きょうべん)をとり、1985年にプリンストン大学教授に就任した。1929年に始まる大恐慌研究の第一人者で、中央銀行がインフレ率を一定範囲に抑えることを公表する「インフレ目標理論(インフレ・ターゲット)」の導入論者としても知られる。アメリカ経済にデフレ懸念が浮上した2002年には、「ヘリコプターから紙幣をばらまく」との例を用いて、大胆な金融緩和策でデフレを阻止すべきと発言。以来「ヘリコプター・ベンHelicopter Ben」の異名をとっている。日本経済のデフレ色が強まるなか、日本銀行の金融政策を批判し、大胆な金融緩和策をとるよう提言した。
 2002年からFRB理事、2005年からはアメリカ大統領経済諮問委員会(CEA)の委員長を歴任。2006年、金融政策を巧みに操ることからマエストロ(名指揮者)とよばれたグリーンスパンの後任として、FRB議長に就任した。2007年にアメリカ住宅投資バブルが崩壊(サブプライム危機)し、2008年のリーマン・ショックなど大恐慌以来とされる金融危機に際して、3次にわたる異例の量的金融緩和策を断行して大量の資金を供給し、世界経済が恐慌に陥るのを防いだ。これによりアメリカの株価や住宅価格は回復したが、一方で、量的金融緩和策はバブル経済を再発させる恐れがあり、新興国経済の不安定化を招くとの批判にもさらされた。
 2013年(平成25)に日本銀行が最大270兆円の資金を提供する量的緩和策(異次元緩和)を決定すると、バーナンキは歓迎の意向を表明した。2013年末には量的金融緩和策の縮小を決定し、金融政策正常化への道筋をつけ、2014年2月にFRB議長職をイエレンに譲った。退任後は、アメリカの有力シンクタンク、ブルッキングス研究所の常駐特別招請フェローとなった。Essays on the Great Depression(邦訳『大恐慌論文集』)、Inflation Targeting: Lessons from the International Experience(共著、邦訳『インフレ目標政策――世界の経験に学ぶ』)、『リフレと金融政策』など著書多数。[矢野 武]
『高橋洋一訳『リフレと金融政策』(2004・日本経済新聞社) ▽田中秀臣著『ベン・バーナンキ 世界経済の新皇帝』(2006・講談社)』

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