パウルス

百科事典マイペディア 「パウルス」の意味・わかりやすい解説

パウルス[3世]【パウルス】

ローマ教皇(在位1534年―1549年)。1538年英国王ヘンリー8世を破門反宗教改革にのり出してイエズス会認可,トリエント公会議召集などの業績をあげ,神聖ローマ皇帝カール5世を援助した。また芸術を愛好し,ミケランジェロシスティナ礼拝堂壁画を描かせた。

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典(旧版)内のパウルスの言及

【教皇】より

…ルネサンスの栄華を楽しむレオ10世(1513‐21)の在位中,西欧キリスト教世界は宗教改革による信仰分裂の状況を迎え,教皇職の地位は沈んでしまった。
[近代の諸教皇]
 苦悩と希望の中でパウルス3世PaulusIII(1534‐49)は新時代を直視してトリエント公会議を招集した。公会議後の諸教皇には人間的欠点が見られるとしても,教会の最高牧者にふさわしくない教皇は一人もいない。…

【サン・ピエトロ大聖堂】より

…ブラマンテは,教皇ユリウス2世の依頼で,四隅に塔,中央に半球単殻ドームをもつギリシア十字形平面の設計案を用意し,その没後はラファエロ,A.daサンガロ(イル・ジョバネ)が建設主任となった。しかし,工事は設計変更や補強の繰返し,ローマ劫掠などによって進せず,1547年教皇パウルス3世(在位1534‐49)はミケランジェロを主任建築家に任命して竣工をめざした。彼は前任者サンガロの煩瑣な計画を排して純化された中央交差部の量塊感を強め,同時に東腕部をわずかに延長して集中・バシリカ両形式の融合をはかった。…

【パルマ】より

…スタンダールの小説《パルムの僧院》で知られるパルマは,ローマの植民都市として発達し,12,13世紀には自由都市であったが,ミラノのビスコンティ家の領地を経て,1513年教皇領となる。45年,ファルネーゼ家出身の教皇パウルス3世は息子のピエル・ルイジに,ピアチェンツァとともにパルマ公国として与えた。以後1731年までファルネーゼ家の支配となる。…

※「パウルス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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