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パピーニ パピーニ Papini, Giovanni

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

パピーニ
パピーニ
Papini, Giovanni

[生]1881.1.9. フィレンツェ
[没]1956.7.8. フィレンツェ
イタリアの小説家,批評家。雑誌『レオナルド』 Il Leonardoを創刊 (1903) し,イタリア思想界を支配していた実証主義の打破に努め,『斜陽の哲学者』 Crepuscolo dei filosofi (06) などを発表。

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デジタル大辞泉の解説

パピーニ(Giovanni Papini)

[1881~1956]イタリアの小説家・批評家。未来派運動に参加。初め無神論者であったが、のちカトリックに回心した。小説「行きづまった男」、評伝「キリスト伝」など。

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百科事典マイペディアの解説

パピーニ

イタリアの作家,詩人。数種の雑誌を主宰して,20世紀前半の文化・文芸革新に貢献。独学で知的形成を行った思想家で,未来派を経てカトリックに改宗,代表作のひとつ《キリストの物語》を書いた。

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世界大百科事典 第2版の解説

パピーニ【Giovanni Papini】

1881‐1956
イタリアの作家。フィレンツェの質素なプチブルの家に生まれ,代表作の自伝的小説《終わった男》(1912)のなかにその環境の情景が描かれている。独学によって百科全書的な博識を身につけ,反権威主義的な思考態度を培う。プレッツォリーニを知り,その交友を通じてイデオローグ,評論家,文化の舵取りとしてのみずからの天稟に目覚めた。1903年,プレッツォリーニとともに《レオナルド》誌を創刊,また国粋主義者コッラディーニの雑誌《領土》編集長となる。

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大辞林 第三版の解説

パピーニ【Giovanni Papini】

1881~1956) イタリアの作家。二〇世紀初頭の文化革新運動の思想的指導者。ナショナリストとして参戦論を主張。第一次大戦後はカトリックに回心。自伝小説「行きづまった男」、評伝「キリスト伝」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

パピーニ
ぱぴーに
Giovanni Papini
(1881―1956)

イタリアの作家、評論家、詩人、編集者。『レオナルド』誌を創刊(1903)。国家主義的刊行物『王国』の編集長。『声』誌の寄稿者。前衛誌『ラチェルバ』を創刊(1913)し、未来派を擁護したが、のちこの運動から脱退する。若いころは戦闘的無神論者で、第一次世界大戦後、カトリック教への回心を表明する(『キリストの生涯』1921)。物語、詩のほか、哲学、歴史、宗教など広い分野にわたる著作活動をきわめて野心的に行った。また逆説と風刺と情熱に満ちた論争家の一面もある。『哲学者たちのたそがれ』(1906)では19世紀の主要思想家を不確実性のゆえに批判し、『失敗者』(1912)ではあまりに多くの事を企てて失敗した自己の経歴を語り、『生けるダンテ』(1933)ではきわめて人間的なダンテ像を描く。ファシズム時代にはその政策にくみした。[佐藤三夫]
『宮崎信彦訳『生けるダンテ』(1949・日本書院)』

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世界大百科事典内のパピーニの言及

【プレッツォリーニ】より

…イタリアの文学者。盟友パピーニとともに,1900年代初頭20年間のイタリア文学界を主導した雑誌のオルガナイザーであった。早くに学業を中断,フィレンツェに移住。…

【ボーチェ】より

…事実,南部問題,普通選挙権,教育,イタリアによるリビア併合,回復主義などの政治・社会問題が,主要記事として登場した。しかし寄稿家たちの思想基盤の多様性がリビア戦争を機に雑誌の分裂を推進する結果になり,この戦争に強く反対したサルベーミニがまず脱退し,一時編集を受けもったパピーニは新たに《ラチェルバ》誌を創刊して未来派に接近し,プレッツォリーニ自身も第1次世界大戦への積極的な参戦論を唱えるようになり,雑誌は初期の目的を完全に見失うにいたった。その後,デ・ロベルティスが編集を担当すると,雑誌は完全な文芸誌と化し,ウンガレッティをはじめ,カルダレリ,カンパーナ,セラなど多彩な寄稿家を加えるようになったが,新たな文学運動を展開することもなく,単なるアンソロジー的な性格の強い雑誌となった。…

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