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ヒバ ヒバKhiva

7件 の用語解説(ヒバの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ヒバ
ヒバ
Khiva

ウズベキスタン西部,ホレズム州の都市。州都ウルゲンチの南西約 30km,アムダリア下流部左岸にあり,パルバン運河に臨む。6~7世紀から存在していたが,記録に現れるのは 10世紀からで,17世紀初期ヒバ・ハン国の首都となった。

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ヒバ
ヒバ

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デジタル大辞泉の解説

ヒバ(Xiva)

ウズベキスタン西部、ホラズム州の都市。アムダリア川沿いに位置する。17世紀初頭にヒバハン国の首都となった。イチャンカラ(内城)と呼ばれる城壁に囲まれた旧市街は、モスク、霊廟(れいびょう)、神学校などの歴史的建造物が数多く現存し、1990年に世界遺産文化遺産)に登録された。ヒワ。

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百科事典マイペディアの解説

ヒバ

ウズベキスタンの都市。アム・ダリヤ下流部のホラズム・オアシス中にあり,ホラズム州の中心都市。綿花,煉瓦,じゅうたん,家具などを産する。10世紀のアラビア文献に名のみえる古都で,17世紀前半からウズベク人の国家,ヒバ・ハーン国(1512年―1920年)の主都として栄え,その遺跡はイチャン・カラ城として保存されている。
→関連項目イチャン・カラ

ヒバ

アスナロ

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世界大百科事典 第2版の解説

ヒバ【Khiva】

中央アジア,ウズベキスタン共和国ホラズム州の中心都市の一つ。アム・ダリヤ下流左岸に位置し,人口4万1000(1991)。綿工業と製陶が主産業である。町の起源は,発掘報告によれば,1世紀にまでさかのぼる。712年のアラブの征服以降イスラム化した。10世紀のアラブの地理学者によれば,古くはヒーワクKhīwaqあるいはハイワクKhaywaqと呼ばれた小さな町で,城壁に囲まれ,砂漠に臨んでいたが,アム・ダリヤからの大運河が通じ,広場や金曜モスクがあった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ヒバ
ひば

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世界大百科事典内のヒバの言及

【ホラズム】より

…アラビア語ではフワーリズムKhwārizm。ヒバKhivaともいう。古来東西文化の要衝にあってイラン文化の一大中心地として栄えたが,8世紀初頭アラブに征服され,同世紀末ないし9世紀初頭にイスラムを受容,やがてイスラム文化の一中心地に成長し,フワーリズミー,ビールーニーなどの学匠を生んだ。…

【ホラズム】より

…アラビア語ではフワーリズムKhwārizm。ヒバKhivaともいう。古来東西文化の要衝にあってイラン文化の一大中心地として栄えたが,8世紀初頭アラブに征服され,同世紀末ないし9世紀初頭にイスラムを受容,やがてイスラム文化の一中心地に成長し,フワーリズミー,ビールーニーなどの学匠を生んだ。…

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