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ビドゴシュチ Bydgoszcz

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ビドゴシュチ
Bydgoszcz

ポーランド北部,クヤフスコ・ポモルスキェ県の県都。ドイツ語ではブロンベルク Bromberg。ウィスワ川支流のブルダ川とビドゴシュチ運河沿いに位置する。初めはドイツ騎士団の城塞都市であったが,1346年カジミエシ3世 (大王) により都市権が与えられ,1772年からはプロシア領となった。 1773年ビドゴシュチ運河が開削され,オドラ川 (オーデル川 ) と結ばれてから急速に発展。 1920年ポーランド領。第2次世界大戦後オドラ川下流右岸がポーランド領に編入されて以来,同国で最も重要な河港となった。また機械工業の一大中心地で,ほかに化学,木材,皮革,食品加工などの大工場がある。上シロンスク (シュレジエン ) とバルト海の港とを結ぶ水路,鉄道,道路交通の要地。大学,劇場,博物館があり,歌劇団,交響楽団をもつ文化・学術都市でもある。人口 37万 3804 (2002) 。

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百科事典マイペディアの解説

ビドゴシュチ

ポーランド中西部,ビスワ川の支流ブルダ川に臨む都市。ドイツ名はブロンベルクBromberg。ビスワ川と結ぶ運河の要港であり,鉄道の要地。農産物の集散地で,機械,車両,化学・繊維などの工業が行われる。

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世界大百科事典 第2版の解説

ビドゴシュチ【Bydgoszcz】

ポーランド中部,同名県の県都。人口38万5700(1995)。ビスワ川支流のブルダ川沿いにある。13世紀に初めて城塞が建設され,1346年に都市法を獲得した。穀物や木材の集積地として経済的発展が始まったのは,ポーランドが海への出口グダンスクを獲得した1466年以降のことである。17世紀半ばの戦乱で荒廃したが,第1次ポーランド分割でプロイセン領となり,ビドゴシュチ運河(ブルダ川~ノテチ川間)が建設(1773‐74)されて,産業・交通の要地としての地位を確立した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ビドゴシュチ
びどごしゅち
Bydgoszcz

ポーランド中北部、クヤフスコ・ポモジェ県の県庁所在地。ポズナニの北東約100キロメートル、ビスワ川が大きく北東に流路を変える地点の左岸にある。人口38万3213(2001)。ドイツ語名ブロムベルクBromberg。14世紀にチュートン騎士団の開拓拠点となった古い町で、歴史的建造物も多い。ビエルコポルスカ地方の一角、肥沃(ひよく)なクヤビ平野の農業地帯を背後に控え、その文化・科学の中心都市として繁栄した。ビスワ川とオドラ(オーデル)川を結ぶ全長25キロメートルのビドゴシュチ運河が市域を通過し、400トンの船が航行できる。上シロンスク(シュレージエン)からグダニスクへの幹線鉄道の建設以来、工業発展も著しく、地方資源を利用した木材加工、皮革、食品のほか、各種機械(電気、工作、精密)などの工業が盛んである。[山本 茂]

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