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フェルナンド[7世] Fernando VII

世界大百科事典 第2版の解説

フェルナンド[7世]【Fernando VII】

1784‐1833
スペイン王。在位1808,14‐33年。カルロス4世の子で,1808年3月アランフエスの暴動によってカルロス4世は王子フェルナンドへ王位を譲渡させられた。しかし,スペインを侵略し始めていたナポレオンバイヨンヌへ呼ばれたフェルナンド7世は父カルロス4世に王位を返還させられた。カルロス4世はナポレオンにスペイン王位を譲渡させられ,ナポレオンの兄ジョセフがスペイン王,ホセ1世として即位した。14年3月ナポレオン軍がイベリア半島から敗退すると,幽閉地から帰国したフェルナンド7世は1812年に制定された自由主義憲法を廃止し,絶対主義君主として統治を始めた。

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世界大百科事典内のフェルナンド[7世]の言及

【スペイン】より

…スペインの近代化の第一歩を印したフェリペ5世の統治について,忘れてならないのは,外交面で多大な影響力をもっていたイタリア人司祭アルベローニJulio Alberoni(1664‐1752)をはじめ,財政再建や陸・海軍の改革に功績を残したJ.パティニョエンセナダ侯爵など有能な側近の存在である。
[フェルナンド6世の時代]
 1746年に王位を継いだフェルナンド6世(在位1746‐59)は,フェリペ5世の中央集権主義の路線を踏襲し,ヨーロッパへの関与を避けて中立政策を掲げた。前述した4大臣職のほかに,大蔵大臣の職務を新たに設け,さらに,中央政府が発した法令が円滑に各地方・各県で運用され,機能しているかどうかを監視するための監督局を設けた。…

【リエゴ・イ・ヌニェス】より

…20年1月カビリャ市付近でアメリカ植民地の独立派を鎮圧に向かうはずの部隊を率い,カディス憲法支持を旗印にプロヌンシアミエントを発した。革命軍は8月マドリードへ入城し,フェルナンド7世に自由主義的なカディス憲法の復活を承認させた。一時,国会(コルテス)議長に就任。…

※「フェルナンド[7世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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