コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

フス派戦争 フスはせんそう

2件 の用語解説(フス派戦争の意味・用語解説を検索)

百科事典マイペディアの解説

フス派戦争【フスはせんそう】

ボヘミアの宗教改革フスの処刑(1415年)後,1419年その信奉者(フシーテン)がローマ教会や神聖ローマ皇帝ジギスムントの弾圧に抗議して起こした反乱。カトリックドイツ的な支配に抗するチェコ人民族運動も関わっている。
→関連項目オーストリア

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

フスはせんそう【フス派戦争】

ボヘミアのフス派教徒の反乱(1419‐36)。宗教改革者フスが1415年にコンスタンツで処刑されたのち,ボヘミア全土は教会改革の波に洗われた。19年7月,プラハで急進的な司祭ジェリフスキーに率いられたフス派の示威行進が行われたさい,彼らは市庁舎を襲い,市参事会議員,聖職者らを庁舎の窓から放り出した。国王バーツラフ4世はこの事件に衝撃を受け,卒中で死亡。ハプスブルク家の皇帝ジギスムント跡を継ぐが,フスの焚刑を彼の責任とするフス派は,彼の即位を認めなかった。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のフス派戦争の言及

【チェコ】より

…ドイツ化の勢いはやがて民族的反動を引き起こす原因となった。 ドイツ化に対するチェコ人の反撃は,カレル大学の総長であったフスの宗教改革,それに続くフス派戦争(1419‐36)で一挙に噴き出した。中世後期の異端運動の流れをくむフスは,国王の厚い保護を受けて所領を拡大し,悪弊にひたるカトリック聖職者を攻撃し,免罪符の販売に反対してプラハ大司教と衝突したためにローマ教皇から破門され,1415年に異端の罪によりコンスタンツで火刑に処せられた。…

※「フス派戦争」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

フス派戦争の関連キーワードジギスムントターボルフスフス戦争ボヘミアマルティヌーボヘミアガラスコトノフ城ボヘミアの森からボヘミアン・シェパード・ドッグ

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone