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フランクフルト学派 フランクフルトがくはFrankfurter schule

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

フランクフルト学派
フランクフルトがくは
Frankfurter schule

フランクフルト大学および同大学社会研究所 (1923設立) に所属する T.アドルノ,M.ホルクハイマー,M.マルクーゼ,J.ハバーマスらを中心メンバーとした一学派。彼ら相互の交流を通じて形成された「拒絶の精神」と名づけられる精神的基盤を特徴としている。「拒絶の精神」とは,現代の人間生活のあらゆる側面に支配の糸が投げかけられている管理社会の既成体制に対して,その根底からの革新を要求する精神のことである。メンバーの大部分がユダヤ系であり,また概して批判的観点を強く押出しつつもマルクス主義と深くかかわっていたため,ヒトラーの政権掌握後その多くはアメリカに亡命し,第2次世界大戦後かなりの部分がフランクフルトへ戻った。この通称フランクフルト学派は,戦前にもある程度の影響力をもっていたが,1960年代末から非常な注目を集めて今日にいたっている。哲学や社会思想面での活動が中心であったが,経済学や社会科学面にも関心を示した K.ウィットフォーゲルや H.グロスマンらも含まれている。

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デジタル大辞泉の解説

フランクフルト‐がくは【フランクフルト学派】

1930年代以降、フランクフルトの社会研究所に参加した一群の思想家たち。マルクス主義・精神分析学・アメリカ社会学などの影響のもとに批判理論を展開、現代社会の総体的解明をめざした。ホルクハイマーを中心に、アドルノフロムマルクーゼベンヤミン・ノイマンらがおり、第二次大戦後はハーバーマス・シュミットらが活躍している。

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百科事典マイペディアの解説

フランクフルト学派【フランクフルトがくは】

1923年に設立されたドイツのフランクフルト大学〈社会研究所〉,またその機関誌《社会研究》によって活躍した研究者,思想家の総称。Frankfurter Schuleと呼ぶ。
→関連項目フランクフルト・アム・マインレヴィン

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世界大百科事典 第2版の解説

フランクフルトがくは【フランクフルト学派 Frankfurter Schule】

1930年代以降,ドイツのフランクフルトの社会研究所,その機関誌《社会研究Zeitschrift für Sozialforschung》によって活躍した一群の思想家たちの総称。M.ホルクハイマー,T.W.アドルノ,W.ベンヤミン,H.マルクーゼ,のちに袂(たもと)を分かったE.フロム,ノイマンFranz Leopold Neumann(1900‐54)たちと,戦後再建された同研究所から輩出したJ.ハーバーマス,シュミットAlfred Schmidt(1931‐ )らの若い世代が含まれる。

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大辞林 第三版の解説

フランクフルトがくは【フランクフルト学派】

1930年代以降、フランクフルトの社会研究所に拠って活躍した一群の思想家たち。マルクス主義・精神分析学・アメリカ社会学などの影響の下に批判理論を展開。ホルクハイマー・アドルノ・ベンヤミン・マルクーゼ・フロム・ノイマンらがいる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

フランクフルト学派
ふらんくふるとがくは
Frankfurterschuleドイツ語

広義には、1920年代以来ドイツのマルクス主義的学術研究の拠点であったフランクフルトの社会研究所に拠(よ)った人々の総称であるが、狭義には、30年代以降ホルクハイマーの指導下に同研究所に集まったポロック、アドルノ、ベンヤミン、マルクーゼ、フロム、F・L・ノイマンたち一群の思想家に、第二次世界大戦後の彼らの弟子にあたるハバーマス、シュミットAlfred Schmidt(1931― )ら若手研究者の一団を加えた総称である。彼らは正統派マルクス主義の教条主義に反対しつつも、なんらかの意味でマルクスの批判的動機を受け継ぎ、それをフロイトの精神分析学やアメリカ社会学の経験的方法と結び付けて、現代の経験を踏まえた「社会の批判的理論」を展開した。30年代から40年代にかけての亡命中は、機関誌『社会研究紀要』によってファシズムへの思想的抵抗を貫き、また、『権威と家族』(1938)、『権威主義的性格』(1950)などの優れた共同研究を生み出すとともに、西欧文明への根本的な省察(たとえば『啓蒙(けいもう)の弁証法』1947)を行い、戦後は管理社会や大衆文化、学界における実証主義的傾向などに鋭い批判を加えた。
 その特色は、実証主義へ反対しつつ、社会批判と理性批判を統合する「社会の批判的理論」を旗印として、独自のユダヤ的ユートピア意識と、否定性を強調する弁証法解釈に基づき、フロイトをはじめとする新しい実証科学の成果を批判的に継承しつつ、哲学、科学、芸術など近代文明の全般にラディカルな批判を展開したところにある。前記の著作のほか、アドルノの『否定的弁証法』(1966)、フロムの『自由からの逃走』(1941)、ノイマンの『ビヒモス』(1942)、マルクーゼの『エロスと文明』(1955)、『一次元的人間』(1964)、ベンヤミンの『歴史哲学テーゼ』(1939)、ハバーマスの『理論と実践』(1963)、『認識と関心』(1968)、シュミットの『マルクスと自然概念』(1962)などは、その多彩な業績の一端である。[徳永 恂]
『徳永恂著『現代批判の哲学』(1979・東京大学出版会) ▽A・シュミット著、生松敬三訳『フランクフルト学派』(1975・青土社) ▽M・ジェイ著、荒川幾男訳『弁証法的想像力』(1975・みすず書房) ▽清水多吉著『1930年代の光と影』(1977・河出書房新社)』

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世界大百科事典内のフランクフルト学派の言及

【精神分析】より

…それは,社会・文化事象の理解に心理学的視点を導入するさまざまな試みを促進し,大衆社会論,大衆文化批判などを生みつつ,社会科学を革新するうえで大きな役割を果たした。 第3は,M.ホルクハイマー,T.アドルノ,H.マルクーゼら,のちにフランクフルト学派とよばれる人々によるフロイト主義の批判的摂取である。彼らは20年代のワイマール・ドイツで,フランクフルトの社会研究所に拠って,マルクス主義に基づく独自な批判的理論を形成したが,精神分析に深い関心を抱いていた。…

※「フランクフルト学派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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