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フレクスナー フレクスナー Flexner, Abraham

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

フレクスナー
フレクスナー
Flexner, Abraham

[生]1866.11.13. ルイビル
[没]1959.9.21. フォールズチャーチ
アメリカ医学教育の大家で,プリンストン高等研究所の創立者。 S.フレクスナーの弟。 1890年ルイビルに進歩的な大学進学予備校を設立し,1904年まで理事をつとめる。 08年『アメリカの大学-一つの批判』 The American College: A Criticismを発表,これが契機となってカーネギー財団の委託を受け,155の医学系大学の調査を実施,その他各大学の調査,改良に努めた。

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フレクスナー
フレクスナー
Flexner, Simon

[生]1863.3.25. ケンタッキー,ルイビル
[没]1946.5.2. ニューヨーク,ニューヨーク
アメリカ合衆国病理学者。1889年ルイビル大学で学位をとり,ヨーロッパに渡ってパスツール研究所などで研究,1895年からジョンズ・ホプキンズ大学病理学教授,1899年ペンシルバニア大学病理学教授。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

フレクスナー
ふれくすなー
Simon Flexner
(1863―1946)

アメリカの医学・細菌学黎明(れいめい)期の指導者の一人。ルイビル大学卒業、ジョンズ・ホプキンズ大学で学位を取得。ストラスブール、ベルリン、プラハの各大学およびパリのパスツール研究所に留学した。1895~1898年ジョンズ・ホプキンズ大学准教授、1899年ペンシルベニア大学病理学教授。その後フィラデルフィア大学教授を経て、1903年以降ロックフェラー研究所の研究部長、研究所長を務めた。この研究所は今日のロックフェラー大学の前身で、その創立と医学研究所としての発展に大きく貢献した。野口英世(ひでよ)の恩人としてよく知られる。1899年(明治32)春、フィリピンでの赤痢病原調査に赴く途中、志賀潔(きよし)を訪問したが、このとき野口は通訳をつとめた。フレクスナーはフィリピンで新種赤痢菌(学名はShigella flexneri)を発見した。1900年突然訪ねてきた野口を助手にし、以降、野口が死去するまで陰に陽に支援し続けた。[藤野恒三郎]

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