プルースト(読み)ぷるーすと(英語表記)Marcel Proust

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

プルースト(Marcel Proust)
ぷるーすと
Marcel Proust
(1871―1922)

フランスの小説家。20世紀フランス文学を代表する作家の1人で、19世紀のバルザックに比すべき存在。彼を無視して20世紀の小説は語れないといわれるくらい後代への影響が大きく、カフカやジョイスらとともに現代文学の偉大な先駆者となった。[保苅瑞穂]

人と作品

1871年7月10日、母がパリ・コミューンの動乱を避けて避難していたパリ郊外のオートゥイユ(現在パリ16区)の叔父の家で生まれる。父アドリアン・プルーストはシャルトルに近いイリエ(現在はイリエ・コンブレーと改称)の旧家の出身で、のちパリ大学衛生学教授。母ジャンヌはパリのユダヤ系株式仲買人の娘。高い教養と繊細な感受性の持ち主で、マルセルとの間に『母との書簡』を残すほか、小説に登場する母または祖母のモデルとなる。親殺しとその贖罪(しょくざい)のための芸術創造という小説の倫理的テーマは母との関係から着想された。
 9歳のとき最初の喘息(ぜんそく)の発作。これは生まれつき病弱だった彼の生涯の持病となる。1882年コンドルセ高等中学に入学。同人誌を出して文才を示し始める。このころからほうぼうのサロンに出入りして、社交生活が始まる。1年間の志願兵役ののち、90年にパリ大学法学部に入学。ふたたび同人誌『饗宴(きょうえん)』Le Banquet(1892~93)を発行するかたわら、象徴派の文芸雑誌『ラ・ルビュ・ブランシュ』などにも作品を発表。その大部分は処女作『楽しみと日々』(1896)に収録された。この作品集はプルーストの天分と後の大作のテーマを萌芽(ほうが)的に含んではいたが、世の注目をひくに至らなかった。
 やがて彼は当時の社交界に君臨する貴族たち、とりわけロベール・ド・モンテスキウ伯爵comte de Robert de Montesquiou-Fezensac(1855―1921)を識(し)り、閉ざされた貴族社会に入り込んでいく。ここで観察されたおびただしい人間たちが複雑に絡み合って、小説の主要人物が創造されていく。95年、職業の選択を父に迫られてマザリーヌ図書館の無給嘱託となるが、病気を理由にただちに休職。10月、生涯の友人で作曲家のレーナルド・アーンReynaldo Hahnとブルターニュを旅行し、3人称体の長編小説『ジャン・サントゥイユ』(没後1954刊)を書き始める。この自伝的要素の濃い小説は、記憶、恋愛心理の分析、社交界の風俗描写など、『失われた時を求めて』の主要テーマを扱っているが、99年末、完成をみずに放棄された。97年、ドレフュス事件に強い関心を示し、熱心なドレフュス擁護派となる。また90年代後半には『晦渋(かいじゅう)に反駁(はんばく)する』(1896)や、当時未発表のまま残された画家論(ワトー、シャルダン、レンブラント、モロー、マネ)が執筆された。
 1900年、イギリスの美術批評家ジョン・ラスキンの美学に傾倒し、数編のラスキン論を執筆。また自らその『アミアンの聖書』と『胡麻(ごま)と百合(ゆり)』を翻訳。5月にはラスキンの足跡を追ってベネチア、翌年はフランス各地の教会堂を訪ねる。03年に父が、05年に母が相次いで他界。母に護(まも)られて生きてきた彼は、母を失った悲しみと絶望から一時サナトリウムに入院した。「母を看病していた尼僧がいったとおり、私は母にはいつまでも4歳の小児だったのです」。08年、著名な作家たちのみごとな文体模写を『ルモアーヌ事件』と題して発表。この年から翌年にかけて、ネルバル、ボードレール、バルザックについての重要な論文を含む一連の評論を執筆(『サント・ブーブに反駁する』没後1954刊)。健康が悪化するなかで、09年秋、幾度かの試行錯誤を経て、ついに『失われた時を求めて』に着手。翌年、騒音や外気を遮断するために部屋をコルク張りにして小説に全力を注ぐ。13年、出版社を求めて奔走するが、すべて徒労に終わる。やむなく第一巻『スワン家のほうへ』をグラッセ書店から自費出版した。しかし第一次世界大戦のために続巻の刊行は18年まで中断された。この間に小説は加筆訂正されて、全三巻の予定が全七編15巻に膨れ上がった。19年に『花咲く乙女たちのかげに』がゴンクール賞を受賞し、彼の名声は一挙に高まる。また『フロベールの文体について』(1920)、『或(あ)る友に――文体についての覚書』(1921)、『ボードレールについて』(1921)を発表して、鋭い批評眼をも示した。
 1922年11月18日、女中兼助手のセレストに手伝わせて朝3時ごろまで作品を推敲(すいこう)していたが、呼吸困難に陥り、弟のロベールにみとられて絶命。死後、作品は各国語に翻訳されて世界的名声を博するに至った。なお彼には膨大な量の書簡があり、現在パリのプロン社から刊行中である。[保苅瑞穂]

特質

プルーストは、バルザックのように人間の行動や筋の展開を描くことより、その背後にある人間の内面生活の認識を小説の主たる内容とした。その意味で彼の小説はフランスの心理小説の伝統に連なるものであるが、そこに示された分析は他に類例をみない精密さをもって深層心理を解剖し、ほとんどフロイト的な無意識の領域にまで及んでいる。他方、ここには、彼独自の印象主義的なビジョンがとらえた風景や外的対象――彼のいわゆる「印象」と化した現実――の隠喩(いんゆ)的表現が随所にみられる。そうした描写は、従来の小説におけるように単なる場面や背景の説明であることをやめて、対象を認識しようと努める精神の活動の場となっている。つまり、精神の認識の対象となった外界は、初めて人間の内面と同等の価値をもって小説の構成要素となったといえよう。[保苅瑞穂]
『鈴木道彦訳『囚われの女』(『世界の文学32』1966・中央公論社) ▽鈴木道彦訳『プルースト文芸評論』(1977・筑摩書房) ▽保苅瑞穂訳『逃げ去る女』(『世界文学全集75』所収・1978・講談社) ▽A・モーロワ著、井上究一郎・平井啓之訳『プルーストを求めて』(1972・筑摩書房) ▽ペインター著、岩崎力訳『マルセル・プルースト――伝記』(1971・筑摩書房) ▽井上究一郎・鈴木道彦・岩崎力・保苅瑞穂他訳『プルースト全集』17巻・別巻1(1984~ ・筑摩書房)』

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