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レンブラント レンブラント Rembrandt (Harmenszoon) van Rijn

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

レンブラント
レンブラント
Rembrandt (Harmenszoon) van Rijn

[生]1606.7.15. ライデン
[没]1669.10.4. アムステルダム
オランダの画家,銅版画家。製粉業者の子に生まれ,1620年ライデン大学に入学したが,画家に転向。最初は生地の画家ヤコブ・ファン・スワーネンブルフに,1624年にはアムステルダムでピーテル・ラストマンに師事した。

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デジタル大辞泉の解説

レンブラント(Rembrandt Harmensz. van Rijn)

[1606~1669]オランダの画家。独特の明暗法によって人間の内面性・精神性を表現した。エッチング素描にもすぐれた。作「トゥルプ博士の解剖学講義」「自画像」「夜警」など。

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百科事典マイペディアの解説

レンブラント

オランダの画家,版画家。ルーベンスベラスケスと並ぶ,17世紀最大の画家の一人。生地ライデンやアムステルダムで修業し,1632年ごろからもっぱらアムステルダムで活動した。
→関連項目アムステルダムアムステルダム国立美術館エルスハイマーエルミタージュ美術館オランダ共和国カラバッジョゴヤシカゴ美術館ドレスデン国立絵画館中村彝バロック風景画マウリッツハイス美術館町田市立国際版画美術館ライデンレーノルズ

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世界大百科事典 第2版の解説

レンブラント【Rembrandt Harmensz.van Rijn】

1606‐69
オランダの画家,版画家。ルーベンスベラスケスと並ぶ17世紀最大の画家で,画種ごとの専門化が進む当時のオランダにあって,物語画(神話,聖書,古代史の物語に取材した絵画)と肖像画を中心に,風景や風俗的主題も広くとりあげ,それぞれ約400点の油絵とエッチングおよび約1200点の素描という,質量ともに他を圧する作品群を残した。とりわけ当時としてはまったく異例な約50点にのぼる自画像は,自己の内面を見つめ続けた画家の近代性を如実に語っている。

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大辞林 第三版の解説

レンブラント【Rembrandt Harmenszoon van Rijn】

1606~1669) オランダの画家。微妙な光の明暗や独特の色彩を用いて人間の深い精神性を表現、多くの傑作を残した。銅版画でもエッチング技法を完成。代表作「テュルプ博士の解剖学講義」「コック隊長の射撃隊」(「夜警」の正式名)など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

レンブラント
れんぶらんと
Rembrandt van Rijn
(1606―1669)

オランダの画家、版画家。1609年にスペインから事実上の独立を確保し、またたくまにヨーロッパ第一の商業国・貿易国となった17世紀オランダには、それまでのヨーロッパ絵画にはなかった風俗画・風景画という市民絵画の全盛をもたらした。そのオランダ最高の、しかもはるかにオランダを超えて世界絵画史上最大の画家の1人がレンブラントである。1606年7月15日、ライデンの粉屋の六男に生まれる。彼の絵画への興味はすでに少年時代に芽生えており、1620年にライデン大学に入ったが、半年足らずで学問への道を捨て、画家としての第一歩を踏み出した。当時のオランダ画壇には、イタリア絵画に刺激を受けた、いわゆるロマニストたちが多く、彼もまたライデンのスワーネンブルヒJacob van Swanenburg(1571―1638)、ついでアムステルダムで人気のあったラストマンPieter Lastman(1583―1633)についた。とくにラストマンのもとでイタリアのカラバッジョ風の自然主義と明暗法を知ったことは、子供のころから風車の動きによって生ずる光の不思議な幻想のなかに育ってきた彼に、大きな滋養となった。1625年には独立の画家としてライデンにアトリエを構えている。
 彼の対象―人間に対する観察と明暗の激しい対照のなかにとらえる生命感の表現は、まず肖像画家としてしだいに成熟した。1631年にはアムステルダムへ移住、その後まもなく注文を受けて描いた『トゥルプ博士の解剖学講義』(ハーグ、マウリッツハイス美術館、医学史)により、一躍画壇の人気者になった。この作品には、当時のオランダに流行していた記念撮影風の団体肖像画にはみられない、人間相互の連帯感と緊迫感があり、各人物が個性豊かに表現されている。その後、北オランダの名門の出であるサスキアSaskia van Uylenburgh(1612―1642)との結婚(1634)にも恵まれ、肖像画家として、また彼本来の聖書に取材した作品によって、盛名と収入を高めていった。そのような彼に生涯の大きな転機となったのは、1642年の大作『夜警』(アムステルダム国立美術館)の完成である。アムステルダムの自警団から依頼されたこの団体肖像画において、彼は一つの情景を描き出した。それは、もはや単なる団体幹部の羅列図ではなく、明らかに構想されたドラマである。そのため、平板な記念撮影風の作品を求めていた世間からはけっして満足されず、この作品を境にして、彼の世間的人気はしだいに下降し、さらにこの年、サスキアの死にも遭遇する。しかし同時に、魂の画家、光の画家、あるいは人間愛の画家といわれる彼の神髄はこれ以後に円熟し、完成する。
 彼は人間性そのものを、生命の動きそのものを描こうとした。色彩に溶け、闇(やみ)にまで温かく息づく独特の豊かに深い明暗のリズムは、彼の芸術を導き出す源泉であった。彼は聖書や神話による構想画、肖像画、風景画などのあらゆる分野を描いているが、そのいずれにおいても、当時のオランダに栄えた着実な風俗画や風景画をはるかに超えて、見る人の心に深々と訴えてくる。しかも、彼ほど対象に対して徹底した写実の人はないであろう。そして、それを人間の魂の声にまで高めているのは、彼独自の明暗法である。彼には現存するだけでも100近い自画像があるが、これこそかけがえのない彼自身の歴史であり、生命の記録である。自己の芸術に忠実なあまり、晩年の彼は経済的にも対世間的にもしだいに見捨てられていった。しかしなお彼を信頼する幾人かの友人と、1649年に彼の家庭に入った晩年のよき伴侶(はんりょ)ヘンドリッキエHendrickje Stoffels(1625/1626―1663)に支えられて、画業はいよいよ神技の境に達した。しかし、1656年には破産の宣告を受け、1669年10月4日、アムステルダムのユダヤ人区の一隅で、ほとんど忘れられたままにその生涯を終えた。彼は、版画家としても世界最大級の1人であり、今日、油絵約500点、版画約300点、素描約2000点が、世界の美術館、所蔵家のもとに愛蔵されている。[嘉門安雄]
『嘉門安雄著『レンブラント』(1968・中央公論美術出版) ▽土方定一著『レンブラント』(1971・新潮社) ▽ウォレス著、嘉門安雄監訳『レンブラント』(1970・タイムライフ社) ▽前川誠郎他解説『世界美術全集13 レンブラント』(1977・集英社) ▽M・ブリヨン他著、末木友和他訳『世界伝記双書7 レンブラント』(1983・小学館)』

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世界大百科事典内のレンブラントの言及

【アムステルダム】より

…オペラ,バレエが上演される市立劇場のほかに多くの小劇場があり,大きな催しや展示にはライRAIと国際会議場があてられる。 市の中心ダム広場にある王宮は旧市庁舎で,1657年建築家カンペンにより完成された(レンブラントの《夜警》はこの市庁舎の壁に飾るために描かれた)。市庁舎は19世紀初め王宮として使用されるようになったが,柵もなく衛兵も立たず,事実上の王宮はスーストデイクSoestdijkおよびハーグにあるため,ふだんは使用されず内部の見物も許される。…

【オランダ美術】より

…オランダ美術の特質と歴史展開を概観するにあたっては,この国の美術がもっぱらレンブラントとフェルメールを代表とする17世紀の絵画によって人々に知られ,評価されているという独特の事情についてまず最初に触れておかねばならない。こうした現状は決して日本に限られたものではなく,むしろオランダ美術に備わった二つの特殊な性格を端的な形で示している。…

【自画像】より

… 前記1484年の銀筆自画像で13歳の自身の姿を克明に記録したデューラーは,3点の油彩自画像のほかにも数点の〈助手像〉(油彩),そして多くの素描をものしたが,それらはなんらかの願望や理想を込めた奉納像votive tablet的な性格をもっている。これに対し,約60点の油彩および20点の版画の自画像を残したレンブラントの場合は,40年にわたる画業を通じてつねに自己を凝視し,比類なき絵画による自叙伝を構築して近代的自画像の概念を確立した。しかしこれは,新興国オランダの市民社会において初めて可能であったことと思われる。…

【水彩】より

…この中にはアルプスやニュルンベルク周辺の風景を描いたものも少なくなく,風景画のまだ確立されていなかった当時にあって貴重な作例となっている。17世紀に入るとルーベンス,ファン・デイクなどがとくに風景を主題とした水彩に新境地を開いたが,一方レンブラントは水彩には関心を示さなかった。しかし,しばしばペン・デッサンと併用した彼のビスターには水彩に近い新鮮でデリケートな味わいがある。…

【ダウ】より

…ライデンに生まれ同地で没。はじめ父親の職業であるガラス装飾彫師の修業をし,12歳でガラス職人組合に入るが,1628年当時まだ21歳の画家レンブラントの最初の弟子となり,おそらく師がアムステルダムに移るまでの4年間その工房にとどまった。この時期の画風は初期のレンブラントに忠実に倣ったもので,今日でもどちらが真の作者か議論の分かれる作品が少なくない。…

【光】より

…ルネサンスの写実的傾向がさらに強まったバロックの絵画においても,カラバッジョの宗教画にみられるように,一見現実的な光が現世の闇に輝く神的なるものを象徴していることがある。レンブラントは宗教画のみならず肖像画においても,内面性を表現する手段として光を用いた。バロック絵画ではまた強烈な明暗対比による劇的効果も追求され,そのために画中に光源として人工照明を描くことも好まれた。…

【ホフステーデ・デ・フロート】より

…ドウィンゲローDwingelooに生まれ,ドイツのライプチヒ大学で学ぶ。レンブラントをはじめとする17世紀オランダ絵画研究の基礎を置くとともに,ハーグのマウリッツハイス王立美術館館長補佐,アムステルダム国立美術館素描版画室室長を務めた。《レンブラント関係資料集成》(1906),《レンブラントの素描》(1906),《17世紀オランダ主要画家の批判的記述カタログ》全10巻(1907‐28)等の著述がある。…

【ラストマン】より

…イタリア留学中にエルスハイマーおよびカラバッジョから感化を受け,帰国後,自然主義的描写に基づきつつも物語的性格がきわめて強い宗教的・歴史的主題の絵画を描いてマニエリスムを克服した。故郷ライデンでの修業を終えたレンブラントが彼のもとで6ヵ月間学んで根本的な影響を受けたことでも有名。このため彼を筆頭に同じころアムステルダムで活躍したピナスPynas兄弟ら同傾向の画家を一般に〈レンブラント前派〉と呼ぶ。…

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