コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

プレトリウス プレトリウス Praetorius, Michael

5件 の用語解説(プレトリウスの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

プレトリウス
プレトリウス
Praetorius, Michael

[生]1571.2.15. クロイツブルク
[没]1621.2.15. ウォルフェンビュッテル
ドイツの作曲家,音楽理論家。フランクフルトアンデアオーデルで音楽を学び,ハルバーシュタットの教会のオルガン奏者,楽長となり,1612年以降ウォルフェンビュッテルの宮廷楽長をつとめた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

プレトリウス
プレトリウス
Prätorius, Stephan

[生]1536.5.3. ザルツベデル
[没]1603.5.5.
ドイツのルター派牧師。 1565年以来ザルツベデルの牧師をつとめる。大学時代にメランヒトン学派の影響を受け,ルターの立場に立って,イエズス会カルバン主義に反対し,説教や魂の浄化,異教徒伝道といった実践的,教会的な問題に取組んだ。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

プレトリウス
プレトリウス
Pretorius, Andries

[生]1798.11.27. ケープ植民地グラーフリネット近郊
[没]1853.7.23. トランスバール,マガリースバーグ
ケープ植民地 (現南アフリカ共和国) の指導者。イギリスの支配を嫌ったボーア人がケープ植民地から南アフリカ北部へ大移動したグレート・トレックを主導した。フルネーム Andries Wilhelmus Jacobus Pretorius。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

プレトリウス

ドイツの作曲家,著述家,オルガン奏者。アイゼナハ近郊で牧師の子に生まれ,各地の宮廷オルガン奏者を歴任。1613年からは2年余ドレスデンの宮廷に滞在し,宮廷楽長のシュッツと親交を結んだ。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

プレトリウス
ぷれとりうす
Michael Praetorius
(1571/72/73―1621)

ドイツの作曲家、音楽理論家、オルガン奏者。アイゼナハ近郊のクロイツブルク・アン・デア・ウェラで牧師の息子として生まれる。生年は諸説あるが、誕生日は2月15日である。トゥールガウで育ち、ツェルプストのラテン語学校を経てフランクフルト・アン・デア・オーデルの大学に学んだ。1595年、当時ハルバーシュタットの教区監督だった後のブラウンシュワイクハインリヒ・ユリウスのオルガン奏者となり、1604年以後はウォルフェンビュッテルの宮廷オルガン奏者、宮廷楽長として活躍した。ドレスデン、マクデブルクライプツィヒなどドイツ各地での活躍ののち21年2月15日、ウォルフェンビュッテルで世を去った。多数のプロテスタントコラールに基づく教会音楽のほか、舞曲集『テルプシコーレ』(1612)がある。彼は史上最古の音楽百科全書『シンタグマ・ムジクム(音楽大全)』(1614~18)の著作者として後世に名を残している。[樋口隆一]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

プレトリウスの関連キーワードアピントンケープ植民地アフリカーナーケープ区ダーリンカンパニーガーデンズグルートコンスタンシアケープ植物区保護地域群ケープ半島ケープ植物区系界

今日のキーワード

カルテット

四重唱および四重奏。重唱,重奏の形態のなかで最も基本的なもので,声楽ではルネサンスの多声歌曲の形式であるシャンソンやフロットラから始り長い歴史をもつ。器楽も同様で,特に弦楽四重奏は室内楽の全レパートリ...

続きを読む

コトバンク for iPhone

プレトリウスの関連情報