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ヘッセ ヘッセHesse, Hermann

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ヘッセ
Hesse, Hermann

[生]1877.7.2. カルブ
[没]1962.8.9. モンタニョーラ
ドイツの詩人,小説家。牧師の息子に生れ,神学校に学んだが脱走。機械工を経てテュービンゲンの書店に勤め,詩作に励んだ。レーナウやノバーリスを思わせる詩風であったが,1900年スイスのバーゼルに移ってから小説を書きはじめた。 04年『ペーター・カーメンチント』 Peter Camenzindで成功を収め,ボーデン湖畔に住み,『車輪の下』 Unterm Rad (1906) を書く。インド旅行ののち,12年ベルンに移住。 19年以後ルガーノ湖畔のモンタニョーラに定住し,23年スイス国籍を得た。主著に『デミアン』 Demian (19) ,『荒野の狼』 Der Steppenwolf (27) ,未来小説『ガラス玉演戯』 Das Glasperlenspiel (43) など。 46年ノーベル文学賞受賞。

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デジタル大辞泉の解説

ヘッセ(Hermann Hesse)

[1877~1962]ドイツの詩人・小説家。1923年、スイスに帰化。第一次大戦中より絶対平和主義を唱え、のち、人間の内面性を追究しつつ、東洋思想にもひかれた。1946年ノーベル文学賞受賞。小説「ペーター‐カーメンチント」「車輪の下」「デミアン」「荒野の狼」「ガラス玉演戯」。

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百科事典マイペディアの解説

ヘッセ

ドイツの詩人,小説家。牧師の子で,父母も祖父母もインドで布教に従事。神学校を中退,《詩集》(1902年)などで注目される。感傷的な青春小説《ペーター・カーメンツィント》(1904年,邦訳名《郷愁》)で名を成し,《車輪の下》などの自伝的作品を書く。
→関連項目マウルブロン修道院

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世界大百科事典 第2版の解説

ヘッセ【Hermann Hesse】

1877‐1962
ドイツの詩人,小説家。南ドイツのシュワーベンの町カルフでプロテスタント聖職者の家庭に生まれる。少年期を過ごした美しい故郷はヘッセにとって終生魂の故郷ともなったが,この地の敬虔主義の厳格な雰囲気は,13歳で詩人になることを決意したヘッセの苦しい葛藤の因ともなった。両親は,母方の祖父ヘルマン・グンデルトのインドでの布教活動を手伝っており,ヘッセの東洋志向の契機をなした。4歳から9歳までバーゼルで過ごす。

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大辞林 第三版の解説

ヘッセ【Hermann Hesse】

1877~1962) ドイツ生まれのスイスの詩人・小説家。1919年スイスに移住。ロマンチックな抒情詩を書く一方、自我の分裂に悩む近代人の問題を一貫して追究し、トーマス=マンと並称される。小説「ペーター=カーメンツィント」「車輪の下」「クヌルプ」「デーミアン」「シッダルタ」「ガラス玉遊戯」など。

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367日誕生日大事典の解説

ヘッセ

生年月日:1811年4月22日
ドイツの数学者
1874年没

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世界大百科事典内のヘッセの言及

【デーミアン】より

ヘッセ作の小説。1919年刊。…

※「ヘッセ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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