コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ベルサイユ ベルサイユ Versailles

翻訳|Versailles

6件 の用語解説(ベルサイユの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ベルサイユ
ベルサイユ
Versailles

フランス北部,イブリーヌ県の県都。パリの西南西約 23kmに位置する。ルイ 14世の建設したバロック様式ベルサイユ宮殿がある。かつてはパリ郊外の一寒村にすぎなかったが,宮殿の建設や 1682年の政府移転に伴い行政,軍事の中心地として発展し,多くの歴史的事件でも知られるようになった。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

ベルサイユ(Versailles)

フランス、パリの南西約20キロにある都市。ベルサイユ宮殿がある。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

ベルサイユ

フランス北部,イブリーヌ県の県都。パリ南西18kmの都市。ベルサイユ宮殿で知られる。電子機器,情報産業も盛ん。アメリカ独立戦争普仏戦争,第1次大戦などの講和条約締結地。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

ベルサイユ【Versailles】

フランス北部,イブリーヌ県の県都。パリの南西22kmに位置する。人口9万1000(1990)。もとは森の中の小村であったが,1661年より国王ルイ14世ベルサイユ宮殿の建設を開始,首都パリより多くの廷臣を引き連れて移り,以降1789年までパリとならんでフランスの政治と行政の中心地となった。フランス革命以後は顧みられなかったが,1837年国王ルイ・フィリップのとき宮殿の一部が歴史博物館となり,現在では多くの観光客を集めている。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

ベルサイユ【Versailles】

フランス、パリの西郊にある観光都市。ベルサイユ宮殿がある。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ベルサイユ
べるさいゆ
Versailles

フランス北部、イブリーヌ県の県都。ブルボン王朝時代の宮廷所在地(1682~1789)。人口8万5726(1999)。ベルサイユ宮殿の所在地で、パリ南西21キロメートルと首都近郊にあることから、同宮殿を中心とする観光地となっている。
 17世紀までは小寒村で、フランス王家の狩猟場であった。宮殿建設はパリを嫌ったルイ14世によって企画され、1662年に工事が開始された。それは王の「自然を制圧する尊大な楽しみ」(サン・シモン)と評されるように、当地の自然を改造し、旧村落を追い立てる大事業であり、計画都市の建設であった。建設には、ル・ノートル、ルボー、ルブランやマンサールなど、当代第一級の建築家、園芸家、工芸家たちが担当し、左右同形の均斉美を誇る宮殿と幾何学的な構図の大庭園、クラニー宮その他の別館が散在する壮大な宮苑(きゅうえん)が創設された。王は1682年に新王宮に移ったが、増改築が続き、完成まで約40年を費やした。ルイ15世の時代には、さらに北に商工街区、南に貴族・官僚居住区がつくられて都市化が進行し、18世紀末には人口約5万の王都となった。1789年の革命後、一時衰退したが、パリ郊外の衛星都市として蘇生(そせい)した。宮殿は数々の歴史的会議や宣言、条約締結の場となった。なかでも、1789年5月4日には全国三部会の議場となり、革命を誘発した。1871年1月18日、ウィルヘルム1世によって統一ドイツ帝国が宣せられたのも宮殿の鏡の間である。第一次世界大戦の講和条約も1919年6月28日に同じ鏡の間で調印された。[千葉治男]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ベルサイユの関連キーワードランセーヌ川ピカルディムランランブイエルーアン大トリアノン宮殿ランブイエ城レザンドリーサン・ジェルマン・アン・レー

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

ベルサイユの関連情報