都市の近郊で行われる農業をいう。この地域は、既成市街地からみると、都市拡大の予定地として、また農村側からみると後退地としての位置づけがなされる。都市に近接していることから、地代、地価、労賃などが高く、生産財の購入市場および農産物の販売市場には近いという立地条件にあり、これらの条件を有利に活用したり、またはこれらの条件に規制された生産部門の選択、技術と経営方法を採用した形態の農業が営まれる。したがって近郊農業では、消費者に鮮度が要求される腐敗しやすい農産物や、価格のわりに重量が大きく輸送費が割高となるような農産物の生産が中心となる。例としては、軟弱な葉菜類、高級生鮮蔬菜(そさい)、花卉(かき)、果実、牛乳、鶏卵、そして植木、芝などがあげられる。また、農業経営としては、高地価・高地代に対処するため高度集約的な経営が行われる。すなわち、露地栽培では、限られた面積の土地を有効に利用する多毛作の採用、温室、ビニルハウスなどの利用による促成栽培や抑制栽培などの採用、購入飼料による多頭・多羽飼養畜産などである。農産物の出荷・販売では、自家の運搬手段によって市場へ出荷したり、消費者、小売商などへ直接販売したりする。また、市場における端境期をねらって有利な条件で出荷・販売することも試みられている。
しかし、1980年代に入ってからは交通運輸・情報手段の発達によって近郊農業と遠隔地農業の差は縮まってきている。また、都市に近接している地域では容易に就職できることから通勤兼業農家が急速に増えてきており、土地価格の騰貴を期待して、土地を資産的に保持したり、農外用途に向けることによって農外収入への依存を高め、農業は粗放的にしか営まない農家が生み出されることもあった。
[西村博行]
『宮出秀雄著『都市近郊農業論』(1950・実業之日本社)』▽『渡辺善次郎著『近代日本都市近郊農業史』(1991・論創社)』▽『西村博行編著『先進国の都市化地域における緑・農地』(1994・富民協会)』
都市に近接する地域の農業,すなわち正確には都市近郊農業をいう。近年の都市の急速な拡大に伴って,都市の中では農業が点在する形がみられるが,最近は,これをとくに都市農業として,近郊農業と区別している。近郊農業に対して都市の遠隔地の農業を遠郊農業ということがあるが,一般にはあまり使われていない。農業立地論をはじめて体系化したチューネン(1783-1850)は,都市からの距離によって,自由式,林業,輪栽式,穀草式,三圃式,牧畜といった農業経営方式が順次に立地することを述べたが,ここでの自由式が近郊農業の原型といってよい。すなわち自由式は,都市から有機質肥料を入手することができるため,地力維持のための輪作や養畜にとらわれる必要がなく,また農産物の運搬も容易でかつ費用がほとんどかからないため,作物の選択が自由にできる地域という意味である。日本でも1960年ごろまでは,都市からの人糞尿等の確保と出荷の便による鮮度の高さの二つの要因を主とした近郊野菜地帯が,各地に形成されていた(たとえば東京都練馬区の練馬ダイコン)。また都市の残飯による養豚や粕類による酪農も多かった。しかし,近年の地力維持技術の変化や安価な輸入飼料,そしてとりわけ輸送手段の発達(とくに保冷機能をそなえたトラックやフェリーの利用)と市場の大型化等により,野菜産地は全国的に広がった。遠隔野菜産地(遠郊農業の輸送園芸産地)の比重は高まり,畜産も畜産公害や飼料作物等の条件から遠隔地へ移動している。それに対して近郊農業は,一層の集約的な高級生鮮農産物生産へと展開している。
現在の都市近郊農業は遠郊農業に比して,地価ないし地代と労賃が高く,農地転用や他産業への就業転換の可能性が大きいうえ,農業公害等の発生を抑制する必要度が高いといった不利な条件がある。一方,市場や消費者に近く,出荷方法,出荷先等において価格が高く費用の少ない多様な販売方法を選択しうるという有利性をもっている。それゆえここでは,軟弱野菜,花,施設園芸,観光農園(もぎとり果樹園等),残飯養豚等の集約的な農業を営む専業的・企業的農家もかなり成立しており,市場出荷に限らず,直売,契約販売等の多様な販売活動によって高収益をあげている。しかし他方では,兼業化や脱農化も進んでおり,家庭菜園的農業や資産保持目的の粗放農業も広範にみられる。
執筆者:和田 照男
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