コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ベンアリ Ben Ali, Zine al-Abidine

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ベンアリ
Ben Ali, Zine al-Abidine

[生]1936.9.3. スース近郊
チュニジアの政治家。大統領(在任 1987~2011)。フランスのサンシール陸軍士官学校とシャロンシュルマルヌの砲兵学校で軍事教練を受け,アメリカ合衆国で工学を学んだ。1964~74年に軍治安司令官を務めて政権の中枢にくい込んだ。1974年から在モロッコ大使館付駐在武官として 3年勤めたのち,内務省治安局長を経て 1980年に駐ポーランド大使に就任,1984年内務省治安長官。1978,1984年の暴動鎮圧に貢献してその手腕を高く評価され,1985年に治安担当首相府大臣に任命された。1986年に内務大臣に就任し,暴力的なイスラム原理主義団体の摘発に乗り出した。1987年首相に就任すると,1956年の独立以来大統領の座にあったハビブ・ブルギバを病弱のため職務遂行不能として解任,無血クーデターを成功させて大統領に就任した。1989年の大統領選挙で圧倒的支持を得て再選された。1991年イスラム原理主義政党エンナーダ(目覚め)党の活動を禁止し,イスラム主義武装勢力弾圧の手をゆるめず,人権政策をめぐって批判が増大した。2009年の大統領選挙に圧勝,5選を果たしたが,2010年12月末,失業や政治的弾圧に対する抗議から大統領の辞任を求めるデモが発生,事態の収拾をはかるも抗議運動は拡大し,2011年1月,大統領を辞任してサウジアラビアへ逃亡した。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

百科事典マイペディアの解説

ベンアリ

チュニジア共和国の軍人,政治家。ハンマーム・スーサ出身。青年時代にフランスからの独立運動に参加,独立後,フランスの陸軍士官学校,アメリカの情報・保安学校などに学ぶ。
→関連項目エジプト

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ベンアリ
べんあり
Zine el-Abidine Ben Ali
(1936― )

チュニジアの政治家。南部のスース市郊外ハマムスースに生まれる。フランス植民地時代若くして独立運動に参加。高等教育を終え、フランスの砲術学校、アメリカ高等砲術学校、防空学校に留学後、国防省勤務、駐モロッコ、スペイン大使館付武官。1977年内務省治安局長、陸軍大将、1980年ポーランド大使。1984年国防大臣、1986年内務大臣、1987年副首相兼内務大臣、同年10月首相に就任。同年11月、初代大統領で終身大統領のブルギバが病気のため解任され、憲法第57条にしたがいベンアリが大統領に就任。民主化を進め、1989年4月、終身大統領制を廃した大統領選挙で当選。1994年3月再選された。1999年10月3選。2002年5月、憲法改正のための国民投票が実施され、それまで3選を限度としていた大統領の再選回数の制限が撤廃されたため、2004年10月の大統領選挙で4選、2009年10月5選を果たした(任期は5年)。2010年12月にチュニジア中南部で起きた貧困・雇用対策を求める抗議デモを機に、各地でデモが発生。2011年1月、反政府デモや暴動が拡大するなか、国外脱出した。[藤井宏志]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ベンアリの関連キーワードチュニジア国民対話カルテット立憲民主連合[チュニジア]チュニジアとアラブの春フアード ムバッザアモハメド ガンヌーシネオデストゥール党ジャスミン革命ベン・サラーアラブの春9月3日

今日のキーワード

いい夫婦の日

11月22日。通商産業省(現経済産業省)が制定。パートナーへの感謝の意を示し、絆を深める。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

ベンアリの関連情報