翻訳|Peter
1世紀半ばの,初代キリスト教におけるイエスの弟子のうち最重要の人物。ヘブライ名はシメオン(《使徒行伝》15:14),アラム名はケファで,これが〈岩〉を意味するところからギリシア名のペテロ(正しくはペトロスPetrosで,〈岩〉をさすギリシア語のペトラが男性形化されたもの)が与えられた。《マタイによる福音書》16章17~19節によれば,イエス自身によってこの名が与えられたとされているが,イエスの呼びかけの言葉の中にペテロの名がまったく出ないため,イエスの死後のペテロの権威化とも考えられる。ただしカトリック教会は上掲の《マタイによる福音書》の個所を真正なイエスの言葉ととって,ペテロを初代の教皇(ローマ司教)とみなしている。元来は漁師であり(《マルコによる福音書》1:16),ガリラヤ(同)のベツサイダ出身(《ヨハネによる福音書》1:44)であった。イエス存命中には,弟子たちの代弁者として(《マルコによる福音書》8:29,9:5,10:28,11:21),またイエスが重要視した3人の弟子のうちの一人として(同5:37,9:2,14:33),そして十二弟子の筆頭として(同3:16など)描かれると同時に,他方で彼の失敗談も多く記されている(《マルコによる福音書》8:33,9:6,14:66以下など)。イエスの復活は最初にこのペテロに対して起こったとされ(《ルカによる福音書》24:34,パウロの《コリント人への第1の手紙》15:5),そこから上述の権威化がなされたのであろう。
初期キリスト教の伝道活動においては,ユダヤ人キリスト教を代表する存在であったが,パウロの異邦人伝道にも理解を示し,十二弟子の中ではただ一人エルサレム以外の地で伝道した。《使徒行伝》の前半はペテロ中心に叙述されているが,15章7節以降はまったく言及されず,その背後にはイエスの実弟ヤコブとの権力交代があったと思われる(パウロの《ガラテヤ人への手紙》2:12参照)。使徒教父文書の《クレメンスの第1の手紙》5~6章によれば,ペテロはパウロとともにローマで殉教死を遂げたとされているが,その可能性は十分にあると判断されている。しかし外典の《ペテロ行伝》37章の伝える逆十字架での殉教の信憑性は疑問視されている。また新約聖書中の《ペテロの手紙》も,大多数の学者は真正のものとは考えない。
執筆者:青野 太潮
美術表現においては一般に,白髪の老人の姿で表される。東方では通常その髪は巻毛であるが,西方では剃髪のこともある。持物は,キリストから授けられた〈天国の鍵〉(《マタイによる福音書》16:19),雄鶏,鎖,以前の職業の漁師にちなんだ魚,小舟(教会をも象徴する)など。《使徒行伝》や《黄金伝説》などに基づいて,天使による牢からの解放,キリストに〈クオ・ウァディス(いずこに行きたもうか)〉と問う姿,逆十字架での殉教などの場面も表される。祝日は6月29日。
執筆者:井手 木実
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イエスの十二使徒の筆頭。ペトロともいう。教会の最初の指導者。『新約聖書』の「福音書(ふくいんしょ)」および「使徒行伝(ぎょうでん)」に彼に関する記述があるが、かならずしも史的に厳密ではない。『新約聖書』のなかの「ペテロの第一、第二の手紙」は彼のものではない。彼の元来の名はシメオン(シモン)。初めガリラヤで漁業に従事していたが、同地方を巡回していたイエスに出会い、その群れに加わった。イエスの死後まもなく、一種の幻視体験で復活者イエスに接したことから、イエスに対する信頼を新たにし、他の弟子たちの先頭にたってエルサレム教会を組織し、伝道に励んだ。このときから彼は、教会の土台としての岩という意味で、ペテロ(ギリシア語の岩=ペトラを男性化した名前。アラム語ではケパ)との呼び名を得たものと思われる。イエスに傾倒していた彼は律法に対して比較的自由な立場をとったため、ユダヤ王アグリッパ1世の迫害にあい、それ以後はエルサレム教会を離れて、ローマ帝国東半の各地で主としてユダヤ人に伝道した。最後はローマで活動し、ネロ皇帝の下で殉教したと伝えられる。彼はどちらかといえば素朴な人物であったらしく、思想的に大きい影響を残した形跡はない。しかし、イエスにより教会の岩とされ、天国の鍵(かぎ)を授けられた(「マタイ伝福音書」16章)という理由から、彼は古代教会以来、ことにローマ・カトリック教会で、使徒たちのなかでも特別に重要視された。ローマ教皇は彼の後継者とされている。
[佐竹 明]
『O・クルマン著、荒井献訳『ペテロ 弟子・使徒・殉教者』(1965・新教出版社)』
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イエス・キリストの12弟子の筆頭。ガリラヤ湖畔の漁夫の出。イエスがキリストすなわちメシアであることを最初に告白して教会の基をすえたといわれる。またイエスの復活の最初の証人となり,第1の使徒として原始キリスト教の発展に尽くし,晩年はローマでネロの迫害により殉教したと伝えられるが,異論もある。カトリック教会はペテロをローマ教会の第1代の司教とし,教皇はペテロの後継者としている。
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…4世紀には,キリスト教化が進み,イベリア王国では,聖女ニノの努力によって国教化された。キリスト教化は,それまでオリエント的神政王権に近かった王権の性格を変えるとともに,建築,美術,哲学,文学などの発展の転機となり,当代一流の哲学者であるイベリア人のペテロ(409‐488)のような著名な学者を生んだ。 しかしキリスト教の採用は,ササン朝の侵入の原因となり,523年に武力併合された。…
…新中国においては,主婦の〈鍵の権力〉,つまりは姑の権威的地位の批判が行われている。【仁井田 陞】 キリスト教では,イエス・キリストがペテロに鍵を与えて〈われ天国の鍵をなんじに与えん〉(《マタイによる福音書》16:19)と述べたことから,ペテロは天国の門の番人といわれ,2個の鍵を手にした姿に描かれている。この2個の鍵は,ペテロの後継者であるローマ教皇のしるしとなり,一つは金,一つは銀で作られ,英語ではクロス・キーズcross keysと呼ぶ十字架の形を表し,この歴代の教皇にキリスト教徒最高の権威が与えられていることを,〈鍵の力〉(天国の扉の開閉権)が与えられているという。…
…使徒ペテロの後継者・ローマ司教としての教皇がもつ,ローマ・カトリック教会内の最高司牧権。カトリックの教理によれば,ペテロがキリストから,使徒団の中で特別の使命と権限を受けたことは,3テキスト(《マタイによる福音書》16:13~19,《ルカによる福音書》22:31~32,《ヨハネによる福音書》21:15~17)の総合的理解から証明される。…
…すなわち,一方でパウロは〈人は皆,上に立つ権威に従うべきです。神に由来しない権威はなく,今ある権威はすべて神によって立てられたものです〉(《ローマ人への手紙》13:1)と説き,他方ペテロは自分と使徒たちの名において〈人間に従うよりも神に従うべきです〉(《使徒行伝》5:29)と宣言する。市民的義務と神への忠実との衝突は,政治権力があからさまに宗教の領域へ介入する場合はいうまでもないとして,市民の人格的権利がおかされる場合にはいつでもなんらかのしかたで起こる。…
… 西洋でも,ホメロス以来,言語遊戯の伝統は長い。キリストが第1の弟子に向かって言った〈汝はペテロなり。われこの岩の上にわが教会を建てん〉(《マタイによる福音書》16:18)という言葉は,〈岩〉を意味する名前ペテロに懸けてある。…
…聖職者【青野 太潮】
[図像]
使徒の大部分は個人的特徴を備えず,青年から壮・老年に至るさまざまなタイプに表される。しかし,ペテロ,パウロ,ヨハネ,アンデレ,イエスの兄弟ヤコブらは,多少時代,地域によって異なるが,他から区別して個性的に表現された。なかでも使徒の頭(かしら)とされる前2者は,初期キリスト教時代からペテロの白髪の巻毛と白いあごひげ,パウロのはげ上がった前額部と鋭い目つき,黒い髪とひげによって区別された。…
…複数の同名人物が知られているが,おもなものは,(1)イスカリオテのユダの父,(2)イエスの兄弟,(3)十二使徒の一人で,熱心党のシモンと呼ばれる人,(4)クレネ人(びと)で,ゴルゴタに向かうイエスの十字架を無理に負わされた人,(5)魔術師シモン(シモン・マグス)などである。なお,イエスに出会う前のペテロもシモンと呼ばれ,シモン・ペテロと二重の名が付されることもある。【編集部】。…
…小神殿を意味するイタリア語で,古代ローマ時代に多くの作例をみるが,固有名詞としては,ローマにあるブラマンテ作の円形プランの殉教記念堂をさす。高さ約14mのこの小堂は,スペイン王フェルナンド2世と后イサベルの依頼により,1502年ペテロの殉教地と信じられていたローマのサン・ピエトロ・イン・モントリオS.Pietro in Montorio修道院の中庭に建てられた。地下祭室,周柱式内陣,高い鼓胴部に支えられた球殻の3部分からなり,これらはそれぞれ地下墳墓,地上の教会,天上の教会を象徴する。…
…持物は書物あるいは巻物,また剣。3~4世紀には,パウロとペテロを並べた肖像が,おもにローマ市で流行したらしい(メトロポリタン美術館蔵のガラス器断片,4世紀)。また同じころから,パウロとペテロがキリストから律法を受けとる〈律法の授与〉の図像が,ローマ,旧サン・ピエトロ大聖堂のモザイク(現存せず)やローマ,サンタ・コスタンツァ廟のモザイク(4世紀前半)などに多く表された。…
…新約外典の一つ。ペテロのシモン・マグスとの戦いにおける勝利,クオ・ウァディス物語,そしてペテロの逆十字架の処刑などの内容を持つ。2世紀末に小アジアで執筆されたもので,巷間の伝承を集めた信徒のための読物。…
…使徒ペテロによって書かれたとされている新約聖書中の二つの手紙。しかし大多数の学者は両者ともにペテロの真正の手紙とは考えず,《第1の手紙》は1世紀末,《第2の手紙》は2世紀前半に(したがって新約聖書中最も遅く)成立したとみなしている。…
※「ペテロ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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