日本大百科全書(ニッポニカ) 「ペンローズ」の意味・わかりやすい解説
ペンローズ
ぺんろーず
Roger Penrose
(1931― )
イギリスの数理物理学者、数学者。エセックス州コルチェスター生まれ。1957年ケンブリッジ大学から博士号(代数幾何学)を取得。その後、ロンドン大学、ケンブリッジ大学、アメリカのプリンストン大学など英米の大学で教壇に立ち、1964年からロンドン大学バークベック・カレッジで応用数学の準教授、1966年より教授、1973年からオックスフォード大学教授、現在は名誉教授。
1915年にアインシュタインが提唱した、一般相対性論を証明する直接的な根拠とされる天体がブラック・ホールである。一般相対性理論の重要な方程式であるアインシュタイン方程式を解くことで、その存在を示す試みは長年行われてきた。1916年にドイツの天体物理学者シュワルツシルトは、球対称のブラック・ホール内という特別な条件下で方程式を解き、密度が極大であらゆる物理法則が適用されない「特異点Singulality」が存在するとした。しかし、アインシュタイン自身もそれは理論計算の結果で、実在するか否かについては懐疑的だった。これに決着をつけたのがペンローズである。トポロジーなどの数学的手法も駆使し、崩壊していく星が吸い込まれ、球対称などの特別条件がなくても普遍的に、光さえも重力で抜け出せないブラック・ホールが存在することを証明し、1965年に発表した。ペンローズの証明の特長は、捕捉(ほそく)面という概念を導入したことである。星が崩壊していくと、ある時点で光が外に広がらず、収束する捕捉面が生まれ、その外側にイベント・ホライゾン(事象の地平面)という境界ができる。観測者からはこの事象の地平面は見えるが、その中は何も見えず、空間が時間軸に変わり、特異点に集中していく。ペンローズは、その後、イギリスの宇宙物理学者ホーキングと共同研究し、宇宙創成の始まりとされるビッグ・バンにも特異点が存在することを、トポロジーを駆使して証明した。こうしたブラック・ホール、ビッグ・バンに関連する一連の研究は「ペンローズ‐ホーキングの特異点定理」とよばれる。
ペンローズは、未解明な量子力学と相対性理論の統一に関係するツイスター理論や人工知能に関する量子脳理論を提唱したほか、数学的理論に基づき、2種類の図形を非周期的に並べて平面を埋め尽くすことができる「ペンローズ・タイル」や、「ペンローズの三角形」「ペンローズの階段」などのデザインも考案した。意識の定義にも関心を示し、脳内の情報処理には量子力学が関与しているとする『皇帝の新しい心』などの著作も残している。
ペンローズは、1972年ロンドンの王立協会会員、1988年ホーキングとウルフ賞共同受賞、1989年ポール・ディラック賞、2000年メリット勲章、2004年ロンドン数学会のド・モルガン・メダル、2008年王立協会からコプリー・メダルを授与された。2020年、数学的に「一般相対性理論を基にブラック・ホールが形成されることを証明した」業績が評価され、ノーベル物理学賞を受賞した。長期的な天体観測を通じて「天の川銀河の中心に巨大なブラック・ホールを発見した」ことが評価された、ラインハルト・ゲンツェル、アンドレア・ゲズとの同時受賞であった。
[玉村 治 2021年2月17日]