硬骨魚綱ボラ目ボラ科に属する魚。名の語源は「腹が太い」ことにある。古名はクチメ(口魚)、ナヨシ(名吉)。マボラ、カラスミボラともいう。目が透明(死後は白色に変わる)な薄い膜(脂瞼(しけん))で覆われ、主上顎骨の後端は口角部の直上にあるのが特徴。出世魚の代表の一つで、海から川へ入りだした3センチメートル余りの幼魚をハク、川や池で生活する10センチメートル前後をオボコ、スバシリ、生後1年を経過した25センチメートル余りの未成魚をイナ、2~4年魚の30~50センチメートルの成魚をボラ、5年以上の老成魚をトドといい、トドは「遠う遠う」の意味である。雌は90センチメートルにもなるが、雄の多くは45センチメートル以下である。
[落合 明・尼岡邦夫]
北海道以南の日本各地、世界の温帯・熱帯海域に広く分布する。河川や湖沼の汽水から淡水域、沿岸の浅いところに生息し、主に底に沈積または付着した微生物、デトリタス(有機物)、珪藻(けいそう)類などを砂泥とともに食べる。砂泥は珪藻類などを粉砕するのに役立つ。また、そろばん玉の形に肥厚した胃の幽門(ゆうもん)部はそしゃくを助ける。産卵期は10~1月で、11月ごろに盛期がある。孵化(ふか)仔魚(しぎょ)は全長2.7ミリメートルほどである。
春と秋に大きな群れをつくって回遊するので、このころが漁期で、刺網、定置網、釣りなどで漁獲される。稚魚を捕らえて、汽水域、河川、池などで養殖している。日本よりも東南アジア、イスラエルなどで盛んに養殖されている。
[尼岡邦夫]
幼魚期から成魚ボラになるまでで、釣り方もいろいろある。夏から秋にかけてのイナのころにはミミズ、ゴカイ、イトメの餌でウキ釣りをする。ボラになると食わせ釣りと掛け釣りになり、陸や船からねらう。
陸の食わせ釣りは先調子のじょうぶな竿(さお)でウキ釣りかブッコミ釣り。寒くなってボラの視力の落ちてきたころは、赤・黄のゴム片やビニル・ベイト(擬餌鉤(ぎじばり))をつけ、その下に3本錨(いかり)(掛け鉤を3本束ねて錨のような形に巻いたもの)をつけた掛け釣りで、これをギャング釣りともよぶ。
船釣りは江戸前の代表的な釣りであったが、いまは姿を消した。冬にイトメが泥中から抜け出して水面に浮遊すると、これをバチといって、バチを餌にした寒ボラ釣りが千葉県利根(とね)川下流、茨城県涸沼(ひぬま)川で始まる。盛期を過ぎれば掛け釣りになる。
静岡県遠州灘(えんしゅうなだ)では胴づき二本鉤(ばり)、ハリスに赤玉ウキを通し、オモリ25~30号で投げ釣りをする。これをフウセン釣りとよぶ。
川筋では、コイの吸い込み釣りと同様に、吸い込み仕掛けや、集魚剤入り練り餌での釣り方もある。
[松田年雄]
白身魚ではあるが、タンパク質、脂質を多く含む。味は淡泊だが、やや泥臭いにおいがある。この臭みはしょうがやみそでかなり消すことができる。刺身や洗いにして、からし酢みそや、しょうがじょうゆで食べたり、塩焼き、てんぷら、魚田(ぎょでん)など広く利用できる。ボラのへそともよばれる胃の幽門部の部分は、串(くし)に刺して塩焼き、つけ焼きにすると特有な味と歯ごたえがある。からすみは、ボラの卵巣を塩漬けして乾燥したものである。
愛知県木曽(きそ)川下流には、ボラの幼魚(イナ)を用いた「いなまんじゅう」という料理がある。イナを姿のまま、鱗(うろこ)、えら、内臓をとり、専用の器具を使って中骨を抜き取り、水洗いする。骨を抜いた腹の中に、しょうがやコウタケの刻んだもの、ぎんなんなどを加えた練りみそを詰め、串に刺して焼く。
[河野友美]
三重県志摩地方はかつてボラ漁が盛んで、「盤の魚(ばんのうお)」とか「真魚箸(まなばし)」といって、正月にボラを用いる神事が行われる。これは、魚に手を触れることなく調理したボラの肉片を、参加者一同が頂いて帰って神棚に供え、豊漁を祈るもので、鳥羽(とば)市小浜町にはボラを供養する石碑もある。
[矢野憲一]
高所にある空気がたいへん冷たいため、山から吹き降りてもその風の気温が、その地域の平均よりも上昇しない場合にボラという。ボラの語源はギリシア語で北風の風神を表すボレアスBoreasからきており、弱いボラをボリノborino、強いボラをボラッキアboracciaといって区別することもある。日本では冬に吹くさまざまな「おろし風」がボラに相当する。
ボラは元来は、クロアチアのダルマチア海岸に背後の山系から吹き降りてくる北東風をいった。この風は突風を伴い、風速が毎秒45メートル以上に達したこともある。クロアチアのボラは、アドリア海南部に低気圧のある場合に、曇雨天を伴いながら吹く低気圧性のボラ(別名ボラ・スクラbora scura)と、中部ヨーロッパからダルマチアにかけて強い高気圧のある場合に吹く、乾いた高気圧性のボラ(別名ボラ・チアラbora chiara)の場合があり、後者の場合は陸上では風はたいへん強いが、海への広がり方は強くない。世界的にボラ型の風の吹く所として知られているのは、黒海北岸のノボロシースク、北極海のノバヤ・ゼムリャ、地中海東部のイスケンデルン湾のアルメダではこの風を別名ラゲアスrageas(またはラグragut、ガジャーghaziyah)という。またブルガリアでは、ボラ型の風をブリアburiaとよんでいる。
[根本順吉]
九州南部に分布する霧島山、桜島が噴出した軽石質火山灰層の俗称。不毛のため、古来、農民たちをその地表からの排除「ぼら抜き」に難渋させ、随所に堤防のように積み上げられてあり、特異な景観を呈している。霧島山からの「霧島ぼら」(黄褐色)は鹿児島県曽於(そお)市財部(たからべ)町地区から北―東に分布し、宮崎県都城(みやこのじょう)市北西付近では厚さ約2メートルもあり、縄文後期の噴出とされている。鹿児島県桜島東方の台地上に厚く堆積(たいせき)している「桜島ぼら」には、1779年(安永8)大噴火の「安永ぼら(あんえいぼら)」(淡黄灰色)と1914年(大正3)大噴火の「大正ぼら」(灰白色)があり、厚さは同県牛根で前者は2.4メートル、後者は1メートル前後である。これら3種のぼらは、色の違いなどで、肉眼で容易に識別できる。なお、鹿児島県開聞(かいもん)岳からの同様なスコリア質火山灰層は「こら」とよばれるが、厚さは山麓(さんろく)で約50センチメートルである。
[諏訪 彰]
スズキ目ボラ科の汽水魚。浸透圧調節の能力がすぐれており,川と海を自由に往き来できる。主として河口から塩分の低い内湾に生活するが,成熟が近づくと外洋に出て産卵場へ向かう。出世魚の一つで,稚魚から成魚まで段階別に各地でいろいろな名で呼ばれる。代表的なものはハク,ゲンプク,キララゴ(全長2~3cm),オボコ,オボッコ,イナッコ,スバシリ(3~18cm),イナ(18~30cm),ボラ(30cm以上)で,とくに大きくなったものをトド(〈とどのつまり〉の語源)という。縁起のよい魚として親しまれ,昔は尾頭付きの膳に出されることが多く,とくに,〈お食い初め〉の膳にはとんとん拍子に出世するということで欠かせないものであった。また〈いなせ〉という形容詞は,鯔背髷(いなせまげ)というまげをイナの背のように平たくつぶした髪形を,江戸時代に魚河岸の粋で俠気ある若者が結ったところからきている。
世界の温帯から熱帯にかけて非常に広い分布をもつ魚で,日本も北海道まで各地沿岸に見られる。体は円筒形で背部は灰青色,腹部は銀白色,体側に数条の暗色の縦線が走る。眼に脂瞼(しけん)が発達するのが特徴で,また,側線がない。ボラ類を英語でmulletというが,本種はgrey mullet,striped mullet,common mulletなどと呼ばれる。全長90cmに達する。雄より雌が大型になる。高知県での産卵群の調査では35cm以上のものはすべて雌,30cm以下のものはすべて雄であった。日本近海での産卵場は三重から薩南諸島にかけての海域で,産卵期は10~1月。南で早く北で遅い。産卵群の南下の速度はかなり速く,ある地域で産卵群が見られる期間は20日~1ヵ月と短い。南の海域で孵化(ふか)した稚魚は黒潮にのって各地沿岸にたどりつくが,銀白色の体からハクと呼ばれる。餌は底生性小甲殻類から付着藻類,デトリタスなどに変わるが,食性が変わる時期に川に入っていく。このころから腸管は急速にのびて長くなり,複雑にしかも一定の型に従って曲がりくねる。全長30cmほどの魚の腸の長さは2mを超す。成魚も雑食性で海底の藻類,デトリタスなどを泥ごとのみこみ,栄養分をとる。胃の幽門部の筋肉が発達し,よく,〈ボラのへそ〉とか〈そろばん玉〉といわれるが,ここでのみこんだ餌をすりつぶし,栄養分をとり泥を吐き出す。消化管にはつねに砂泥が見られる。空中に跳躍する性質があり,内湾では水面上にはねあがるボラをよく見かける。沿岸を群れをなして遊泳する。
刺網,敷網,引網,釣り,定置網など各種の沿岸漁業でとられる。河川,湖沼など内水面でも漁獲される。瀬戸内海には寄(魚)漁と呼ばれる漁業が古くから行われた。冬,日当りがよく波の静かな海藻の多いやや深みに越冬のためボラが集まる。このとき,この水域では他の漁業をいっさい止めて魚群を散らさないようにし,繰網,回刺網などで漁獲する。近年,ボラの生産量は1万tを超えたが,戦前から昭和年代を通して7000~8000tの上下を変動している。春先沿岸に集まるハク,オボッコを集めて種苗として養殖することは古くから行われた。成長が速く,雑食性で底に落ちた餌を食べるので,ほかの魚種との混養に向き,粗放的な養殖に適している。しかし,魚価がそう高くなく,種苗の人工生産ができないこともあり,戦後,静岡,愛知,三重を中心として700tを超えていた養殖の生産量も徐々に減ってきて,最近は100t以下となってしまった。
ボラは泥臭いともいわれるが,11~1月の冬がしゅんで,刺身,洗い,塩焼きが美味。酢みそで食べたり,てんぷらにもする。ボラのへそは付け焼きにするとうまい。酒のさかなとして賞味されるカラスミはボラの卵巣を塩につけて乾かしたもの。製品の形が唐墨に似ているところからこの名がある。長崎野母(のも)のカラスミは昔から有名で江戸時代には越前のウニ,三河のコノワタとともに天下の三珍といわれた。成熟が進むとボラの卵巣は非常に肥大し600g,体重の1/3近くになるものもある。カラスミは脂肪が30%と多く,またセチルアルコールが多い。あまり熟さない卵巣でつくったもののほうが賞味されるが,卵粒が舌にさわらず,ねっとりしたうまみがあるためで,台湾産より日本産が上質とされるのもこのためである。
近縁種に眼前骨に鋸歯をもつノコギリボラ,体高が低く,おもに九州,台湾,シナ海からボルネオに分布するカラスミボラなどがある。
執筆者:清水 誠
(1)局地風の一種で,クロアチアのアドリア海北岸に,ハンガリーの側から山脈を越えて吹き下りる強い北東風をいう。ギリシア語で〈北風〉の意味のboreasが語源。冬季,中部ヨーロッパおよびバルカン半島で気圧が高く,地中海の気圧が低いときに吹く。
(2)上述(1)が一般化して山の斜面を吹き下りる風のうち,山麓や海岸に吹き下りたときに,断熱昇温(約10℃/km)しても以前そこにあった空気よりも気温が低く,冷たく感じる風を総称してボラと呼ぶ。反対に気温が高くなる場合をフェーンという。グリーンランドや南極沿岸ではボラはよく起こる現象である。
執筆者:花房 竜男
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…シラス台地はもろくて,しばしば大雨で崩れて白い崖を露出する。桜島から噴出した新しい未風化の軽石層は〈ぼら〉と呼ばれ,表土のすぐ下に出るため桜島ダイコンなどの深根性作物にとって邪魔になる。また鹿児島沖の鬼界カルデラから広範囲に噴出したガラス質火山灰の風化物は,九州南部では〈あかほや〉,熊本では〈いもご〉と呼ばれる。…
…シラス(南九州に分布する斜長石英粗面岩質の火山堆積物),ボラ(南九州に分布する軽石の俗称),コラ(鹿児島県薩摩半島南端に分布するやや固結した火山砂礫(されき)層),マサ(富士山周辺の火山砂礫層),アカホヤ,オンジ,イモゴと呼ばれる火山灰層などのように,特殊な火山噴出物および花コウ岩風化土,その他とくに侵食をうけやすい土壌をいう。九州,四国,中国を中心に分布するが,とくに南九州地方に広く分布する。特殊土壌地帯は侵食に弱く,豪雨時にはきわめて大きな被害をうけやすく,また農業の生産性も低いが,これらの土壌の排除または破砕により農業の生産性は著しく向上している。…
… ボホロクbohorokスマトラのバリサン山脈を吹き降りるフェーン。 ボラboraハンガリー盆地から山を越えてアドリア海の東岸に吹き降りてくる冷たい北東風。冬季,中部ヨーロッパおよびバルカン半島で気圧が高く,地中海の気圧が低いときに吹く。…
… アペニノ山脈は半島の気候をアドリア海側とティレニア海側とで非常に異なったものにする役割を果たしている。とくに冬には中緯度大陸気団の影響を妨げる役割を果たすので,ティレニア海側はかなり温暖であるのに対し,アドリア海側は寒冷であり,海岸部ではときにはボラ(冬の北東季節風)の影響が及んで冷たい潮風が吹きつける。 石灰岩質の地帯が多いため,アペニノ山地では地表水が少なく,近年,植林が盛んに行われてはいるが,森林は一般に貧弱である。…
… ボホロクbohorokスマトラのバリサン山脈を吹き降りるフェーン。 ボラboraハンガリー盆地から山を越えてアドリア海の東岸に吹き降りてくる冷たい北東風。冬季,中部ヨーロッパおよびバルカン半島で気圧が高く,地中海の気圧が低いときに吹く。…
…一般に冬の地中海の気候は,地域的に多様であり,また年による変化が大きい。地中海に流出する冷たい空気は,地形的影響もあって,ミストラル,ボラなどの局地風となる。またイタリアのアドリア海沿岸部は,ボラによって,かなりの積雪がもたらされることになる。…
…スズキ目ボラ科の汽水魚。ボラと似ているが眼が頭の先のほうへ寄り,脂瞼(しけん)が発達しない。…
※「ボラ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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