改訂新版 世界大百科事典 「火山灰土壌」の意味・わかりやすい解説
火山灰土壌 (かざんばいどじょう)
volcanic ash soil
地質学における火山灰の定義よりやや広く,軽石やスコリアを含む火山放出物に由来する土壌をいう。したがって,一部では火山性土volcanic soilとも呼ばれる。日本は世界有数の火山国であるから,火山灰土壌の分布も広く,面積約6万km2,国土の約16%に及んでいる。地域的には北海道,東北,関東および九州に広く,地形的には洪積台地や山ろく緩斜面に主として分布する。
火山灰土壌の特徴
一般に黒くて厚い表土をもつことが重要な特徴である。黒色みは腐植と呼ばれる土壌有機物による。表土の有機物含量は5%前後から40%強にわたり,15%付近がもっとも多い。これほど多量の有機物を含む土壌は世界でもほとんど例がなく,また黒さも欧米で黒土の代表とされるチェルノーゼムよりもさらに黒い。黒色表土の有機物の給源は樹木ではなく,ススキなどの草本植物であると考えられる。天然林下の火山灰土壌では,ふつう黒い表土は発達しないのである。日本の気候条件で安定な植生は森林であるから,黒い表土の発達を人間の森林破壊と結びつけて考える人が多い。また火山灰土壌には化学的に活性なアルミニウムが多いことが,ほかの土壌ではみられない特徴である。ここで活性なアルミニウムとは,アロフェンやイモゴライトを構成するケイ酸と結合したアルミニウム,腐植と結合したアルミニウムおよび遊離のものを指す。とくにアロフェン,イモゴライトは火山灰土壌に特有の粘土鉱物である。表土に多量の有機物が集積する一因は,アルミニウムが有機物と結合して,微生物による有機物の分解を妨げていることにある。また乾いた土壌がひじょうに軽いことも火山灰土壌の大きな特徴である。熱乾した土塊の重さは多くの場合1cm3当り0.4~0.8gで,ほかの土壌の約半分である。自然の土塊をとると,土壌は体積にしてわずか20%を占めるにすぎず,これはふつうの土壌の約半分で,残り80%は空隙(くうげき)である。
火山灰土壌の性質の変異
火山放出物から発達した土壌が上記の特性をもつに至るには,それだけの年数が必要である。噴出後1000年未満の火山灰は,まだ風化が進まず黒い表土の発達も不十分のことが多い。このような未発達の火山灰土壌は,土壌分類では未熟土とされる。現在も活動中の火山の周辺にこの土壌の分布がひろい。一方,十分発達した火山灰土壌は前述の特性を永久にもち続けるのではなく,しだいにその特性を失い,日本では褐色森林土などの成帯性土壌へ移行していくことが知られている。また気候帯でみれば,熱帯では火山灰に由来してもふつうラテライト性土壌が発達するし,寒帯の火山灰土壌は厳しい気候に制約されてその特性は発達しにくい。こうみてくると火山灰土壌といっても,その性質には発達段階や気候条件によりかなり幅があることがわかる。そこで前述の特性をもつ火山灰土壌の典型というべきものを,土壌分類では黒ボク土と呼ぶ。
特殊な火山灰土層
火山灰土壌の下層には,特徴ある外観,産状を示す土層が挟まれていることがあり,日本ではその多くは古くよりいろいろな俗名で呼ばれている。たとえば火山周辺では火山砂れきが膠結されて硬い盤層が発達することがある。富士山ろくに広く出現する盤層は〈まさ〉と呼ばれ,薩摩半島開聞岳周辺の盤層は〈こら〉の名で知られる。硬いものは掘り起こすのにつるはしが必要で,浅い所にあると作物根の伸長を妨げる。下層に硬盤層をもつ火山灰土壌は,このほか岩木山ろく,八ヶ岳山ろくにも分布する。また軽石の堆積物はその形をとどめたまま黄褐色に風化し,特異な外観を呈することが多い。青森県で〈あわずな(粟砂)〉と呼ばれるものは,十和田起源の細粒軽石の風化物で,その産状は粟おこしを連想させる。長野県南部のみそ土(つち)と呼ばれる風化軽石層は,その外観が粒みそ状であるところから名づけられた。北関東の鹿沼土,今市土もそれぞれ特徴ある外観をもつ風化軽石層である。一方鹿児島の姶良(あいら)カルデラから噴出したとされる厚い軽石堆積物は〈シラス〉と呼ばれる。シラス台地はもろくて,しばしば大雨で崩れて白い崖を露出する。桜島から噴出した新しい未風化の軽石層は〈ぼら〉と呼ばれ,表土のすぐ下に出るため桜島ダイコンなどの深根性作物にとって邪魔になる。また鹿児島沖の鬼界カルデラから広範囲に噴出したガラス質火山灰の風化物は,九州南部では〈あかほや〉,熊本では〈いもご〉と呼ばれる。これらの土層が出現する地表からの深さはさまざまであるが,深い所にある土層も大規模な土地改変のために地表に露出することが増えており,その肥沃性や土質工学性がしばしば問題にされるようになってきた。
火山灰土壌の農業利用
火山灰土壌の約半分が農耕地および草地として利用され,農耕地は大部分が畑地,樹園地で一部が水田となっている。日本の農耕地の約1/4を火山灰土壌が占める。火山灰土壌は多量の活性なアルミニウムがリン酸を固定するため,作物が利用できるリンが極端に乏しく,またアルミニウムはそれ自体が作物に害作用をもつ。さらに多雨湿潤な日本では植物に必須の養分が洗い流され,自然のままでは作物の育たないやせ土である。したがって農耕地として利用するには,他の土壌の数倍にのぼるリン酸肥料の多量施用がもっとも重要で,石灰質およびケイ酸質肥料もアルミニウムの活性を抑えるのに効果がある。火山灰土壌は保水性,通気性,耕しやすさなどいわゆる物理性は優れているが,反面軽いため風食,水食を受けやすい欠点がある。防風林や畝の方向で風当りを避ける工夫をし,また裸地状態をできるだけ避けるようにする。火山灰土壌は本来大空隙に富むので,耕しすぎると下層土からの毛管上昇による水分補給がとだえて干ばつに陥りやすい。牧草地などでは耕起せずに栽培する方法が推奨される。
執筆者:三土 正則
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