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ボレル ボレルBorel, (Félix-Édouard-Justin) Émile

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ボレル
ボレル
Borel, (Félix-Édouard-Justin) Émile

[生]1871.1.7. センタフリク
[没]1956.2.3. パリ
フランスの数学者,政治家。エコールノルマル・シュペリュール (高等師範学校) の講師 (1896) 。パリ大学教授 (1909) 。関数論,確率論に多くの業績を残し,ボレル集合の導入で知られる。

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ボレル
ボレル
Borel, Pétrus

[生]1809.6.28. リヨン
[没]1859.7.14. アルジェリアモスタガネム
フランスの詩人,小説家。本名 Joseph Pierre Borel,のち Borel d'Hautérive。「狼人」 Lycanthropeと名のる。いわゆる小ロマン派一人として,雄弁な反逆の詩集『ラプソディー』 Rhapsodies (1832) を著わし,次いで怪奇趣味に満ちた幻想小説集『シャンパベール』 Champavert,contes immoraux (33) ,『ピュチファール夫人』 Madame Putiphar (39) を書いた。

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百科事典マイペディアの解説

ボレル

フランスの数学者,政治家。1909年―1941年パリ大学教授。1924年―1936年共和社会党の下院議員となり,1925年パンルベ内閣の海相。関数論,確率論等に業績があり,独自の科学批判を展開,また《空間と時間》《偶然論》などすぐれた解説書を書いた。

ボレル

フランスの作家。建築と絵を学んだ後,ジャーナリストとなり,ゴーティエらのロマン派詩人のサークルに加わる。詩集《ラプソディ》,短編集《シャンパベール》のほか,《ロビンソン・クルーソー》の翻訳で知られる。

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世界大百科事典 第2版の解説

ボレル【Émile Borel】

1871‐1956
フランスの数学者,政治家。アベイロンに生まれ,エコール・ノルマル・シュペリウールを卒業。1909年にパリ大学が関数論の講座を新設し,ボレルを教授に任命した。第1次世界大戦が勃発してから,ボレルは旧友P.パンルベの担当する陸軍省のために研究開発の組織を作った。このころからボレルは応用数学に興味をもち,戦後にはパリ大学で確率論と数理物理の講座に移った。21年アカデミー・デ・シアンス会員,24年急進社会党国会議員となり,翌年海軍大臣となった。

ボレル【Pétrus Borel d’Hauterive】

1809‐59
フランスの詩人,作家。本名Pierre Borel d’Hauterive。リヨン生れ。ネルバルらとともにいわゆる〈小ロマン派Petits Romantiques〉の世代に属する風変りな人物で,みずから〈狼人Lycanthrope〉と称する。《ラプソディ》(1832)のような詩集,《シャンパベール,背徳物語集》(1833),《ピュティファル夫人》(1839)などの小説には,独自のダンディズム反社会的態度があらわれており,〈黒いユーモア〉的な要素も多分にある。

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大辞林 第三版の解説

ボレル【Émile Borel】

1871~1956) フランスの数学者。コーシーの関数論の完成につとめ、確率論の基礎づけにも貢献。数学史でいう「フランス経験主義」を代表する数学者。ボレル集合を論じて測度論にもふれ、ルベーグの先駆をなす。また、フォン=ノイマンに先立ち、ゲームの理論を創始。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ボレル
ぼれる
Flix Edouard Emil Borel
(1871―1956)

フランスの数学者。測度論のボレル集合位相空間ハイネ‐ボレルの定理、確率論のボレル‐カンテリの定理などで有名であるが、俗にボレル叢書(そうしょ)とよばれる一連の書物で、結果的に集合論の普及に大きく貢献した。思想的にはいわゆるフランス経験主義学派の有力者であったが、彼の無限の階列の研究も、準解析関数も、現在顧みると当初の期待ほど主流にならず、むしろ忘れられた感がある。確率論の著書も有名である。「10-6,10-15,10-50がそれぞれ個人的、社会的、宇宙的尺度で無視してよい確率の限界」という語は、よく引用される一つの標準である。彼は政治家でもあった。しかし彼の師であり先輩であり首相にもなったパンルベと比べると、その後継者といわれながら、たいへん保守的であり、力量も及ばなかった感じである。[一松 信]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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