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ポツダム命令 ポツダムめいれい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ポツダム命令
ポツダムめいれい

ポツダム宣言受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件」 (昭和 20年勅令 542号。ポツダム緊急勅令と略称) に基づいて,連合国最高司令官の要求にかかわる事項を実施するために発せられた勅令,閣令,省令 (新憲法になってからは,政令府令,省令) の総称。命令が勅令形式をとる場合をポツダム勅令 (公職追放令,物価統制令など) ,政令の形式をとる場合をポツダム政令 (団体等規正令,占領目的阻害行為処罰令など) という。ポツダム緊急勅令は,その後,対日講和条約発効に伴い,「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件の廃止に関する法律」 (昭和 27年法律 81号) によって廃止され,緊急勅令に基づく命令は,別に法律で廃止または存続に関する措置がなされない場合においては本法施行の日時から起算して 180日間に限り法律としての効力を有するものとされた。ポツダム緊急勅令は法律で定めるべき事項をも命令に委任する広範な一種の授権法であり,憲法に違反するとの主張もあったが,一般には連合国最高司令官の指示,命令は超憲法的なものであったとの考え方のもとに,緊急勅令およびそれに基づく命令は有効であるとされた。

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大辞林 第三版の解説

ポツダムめいれい【ポツダム命令】

1945年(昭和20)9月発令の「ポツダム宣言の受諾に伴ひ発する命令に関する件」という緊急勅令に基づく命令。第二次大戦後の日本の占領管理に際し、連合軍最高司令官の要求を実施するため発せられ、勅令・閣令・省令(新憲法下では政令・府令・省令)の三種があった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ポツダム命令
ぽつだむめいれい

日本の敗戦後、緊急勅令542号「ポツダム宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件」に基づいて発せられた命令のこと。
 第二次世界大戦後の日本に対する占領の特徴は、沖縄は全面的な軍政下に置かれていたが、本土では占領軍の命令が日本政府に出され、日本政府が責任をもって施行する間接統治ということにあった。この命令は、1945年(昭和20)9月の緊急勅令542号に基づいており、とくに必要のある場合、法律の制定をまたずに発せられるという超法規的な絶対的な性格をもっていた。そして、日本国憲法の施行前には「勅令」の形式をとっていたので「ポツダム勅令」、施行後は「政令」の形式をとっていたので「ポツダム政令」とよばれている。
 前者の例として、治安維持法・思想犯保護観察法等の廃止、政治犯の復権令などがあり、後者の例には、団体等規正令や公務員の団体交渉権・罷業権を否認した「政令二〇一号」などがある。
 占領初期には、この命令は「非軍事化・民主化」政策の推進という役割を果たしたが、占領後期になると、占領政策の転換に伴い、労働運動や社会主義運動の取締りの役割を果たしていくようになる。勅令542号は、1952年4月の法律第81号によって、講和条約発効の日に失効し、ポツダム命令は消滅することになった。[山田敬男]

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世界大百科事典内のポツダム命令の言及

【勅令】より

…緊急勅令には,暫定的な法律の性質をもつ立法的緊急勅令(8条)と緊急の財政処分をなす財政的緊急勅令(70条)の2種があり,政府権力を強化していた。とりわけ敗戦直後(1945年9月20日)の〈ポツダム緊急勅令〉(‘ポツダム′宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件)は,連合国最高司令官の要求を実施するためにとくに必要な場合には,命令の形式(ポツダム命令)で所要事項を定めかつ罰則を設けることを認めることにより政府に白紙的に授権し,これに基づき公職追放(ポツダム勅令による)や団体規制(ポツダム政令による)などの占領政策が強権的に遂行された。なお,日本国憲法の下では,独立命令や緊急勅令はいっさい認められない。…

※「ポツダム命令」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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