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ポルタリス ポルタリスPortalis, Jean-Étienne-Marie

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ポルタリス
Portalis, Jean-Étienne-Marie

[生]1746.4.1. ボーセ
[没]1807.8.25. パリ
フランスの法律家,政治家。エクサンプロバンスで弁護士をしていたが,1778~81年にプロバンスの裁判所補佐役となった。 93年の第1共和政確立後にパリに出たがプロバンスの反革命派の指導者 J.シメオンの義弟として一時投獄され,釈放後 95年に長老院 Conseil des Anciensの議員に選出され,その議長となった。 97年総裁政府によるクーデターの際スイスに亡命,1800年にナポレオンが執政となるやパリに戻り,フランス民法典起草に従事。特に婚姻法や相続法は彼の手になるものとして知られる。 06年フランス・アカデミー会員。

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世界大百科事典 第2版の解説

ポルタリス【Jean Étienne Marie Portalis】

1746‐1807
フランス民法典(1804公布)の起草を主導した法律家。南仏エクス大学の教会法教授を父とし,同大学法学部を経て19歳で弁護士となり,早くから学識と雄弁とで注目された。迫害されていたプロテスタントの婚姻の有効性擁護論(1770)ではボルテールの絶賛をうけ,一時エクスの行政官にも選出された(1778)。大革命時代は急進主義に対する留保的態度から隠遁と不遇とを余儀なくされ,ドイツに亡命もした(1797‐1800)。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ポルタリス
ぽるたりす
Jean tienne Marie Portalis
(1746―1807)

フランスの法学者、政治家。フランス民法典(ナポレオン法典)起草者の一人として有名。ボーセに生まれ、エクス大学法学部卒業後、弁護士となる。行政官・政治家としても活躍。フランス革命後、ナポレオンに信任され、1800年にはトロンシェ、ビゴ・ド・プレアムヌー、マルビルとともに民法典編纂(へんさん)委員に任命される。草案は翌1801年にできあがり、1804年フランス民法典として公布されるが、この法典の編纂にはポルタリスの学識と経験とが支配的な役割を果たした。主著『民法典序論』(1827)。[淡路剛久]

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367日誕生日大事典の解説

ポルタリス

生年月日:1746年4月1日
フランスの法律家,政治家
1807年没

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世界大百科事典内のポルタリスの言及

【法社会学】より

…法社会学は,実用法学の長い伝統の中から,それを批判するものとして生まれた比較的新しい学問である。実用法学は,国家権力の執行,すなわち立法,司法,行政という実用目的のために,実定法(制定法,判例法,慣習法)を構成する法規の定立に関する立法学と,法規の内容の確定とそれらの相互関係の調整に関する法解釈学とからなる応用的学問である。したがって実用法学は,法という社会現象すなわち法現象を,その実用目的の範囲内で,限られた側面においてのみ研究するものである。…

※「ポルタリス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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