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ポロック Pollock, Sir Frederick

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ポロック
Pollock, Sir Frederick

[生]1845.12.10. ロンドン
[没]1937.1.18. ロンドン
イギリスの法学者。ケンブリッジ大学卒業後,リンカーンズ・インに入り,法廷弁護士の資格を得る。 N.リンドリーの弁護士事務所で働いたのち,1882~83年ロンドン大学法理学教授。 83~1903年オックスフォード大学法理学教授をつとめるかたわら,1884~90年インズ・コートのコモン・ローの教授,85~1919年"Law Quarterly Review"の編集主幹をつとめ,14年にはシンク・ポーツの海事裁判所裁判官に任命された。その業績は政治学,倫理学,哲学の分野にまで及んでいるが,とりわけ,法理学では,イギリス法に対象を限定し,分析学的方法に立脚しつつ,歴史学的考察方法を加味させるという,いわば分析法学と歴史法学の総合を試みた。主著"History of English Law Before the Time of Edward I" (2巻,1895~98,F.メートランドと共著) ,"A First Book of Jurisprudence for Students of Common Law" (96) 。

ポロック
Pollock, Jackson

[生]1912.1.28. ワイオミング,コディ
[没]1956.8.11. ニューヨーク,イーストハンプトン
アメリカ合衆国の画家。フルネーム Paul Jackson Pollock。アメリカにおける抽象表現主義またはアクション・ペインティングの代表的存在。1929年ニューヨークへ出てアート・スチューデンツ・リーグでトーマス・ハート・ベントンに師事。1930年代にアメリカ西部を旅行,アメリカインディアンの砂絵や工芸品から示唆を受けた。1936年ニューヨークでメキシコの画家ダビド・アルファロ・シケイロスに師事,パブロ・ルイス・イ・ピカソやジョアン・ミロから影響を受けた具象的な作品を描いていたが,1940年代中頃から具象性が消え,1947年以後は大きなカンバスを床上に置き,工業用ペイントをたらして描く一種のオートマチックな方法(→オートマティスム)を発展させた。このような作品は,筆を用いずに体全体で描くことから「アクション・ペインティング」の名称で呼ばれた。その後再び具象性がみられるようになったが,1956年自動車事故で死亡した。主要作品は『秘密の守護者たち』(1943,サンフランシスコ近代美術館)など。

ポロック
Polock, Moses

[生]1817
[没]1903
アメリカの出版業者,書籍愛好家。アメリカ文献専門の最初の希覯本商。出版物では C.B.ブラウンの最初の全集 (1857) が有名。

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百科事典マイペディアの解説

ポロック

米国の抽象表現主義の代表的画家。ワイオミング州生れ。アート・スチューデンツ・リーグでベントンに学んだのち,アメリカ・インディアンの砂絵を知る。またピカソ,ミロの影響を受ける一方,1938年にアルコール中毒治療のため入院し,ユング派の医師ヘンダーソンを通してユングの象徴理論を学んだ。
→関連項目アンジェリコグリンバーグフランケンサーラーロサンゼルス現代美術館ローゼンバーグ

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世界大百科事典 第2版の解説

ポロック【Jackson Pollock】

1912‐56
アメリカの画家。ワイオミング州コーディ生れ。アリゾナやカリフォルニアで育つ。ニューヨークに移ってアート・スチューデンツ・リーグでT.H.ベントンらに学び,次いでWPAの連邦美術計画(FAP)にも携わる。初期の作品にはシュルレアリスムやP.ピカソの影響が認められるほか,インディアン美術などアメリカの土着的要素も色濃く含んでいる。1943年にP.グッゲンハイムの〈今世紀美術画廊Art of This Century Gallery〉で初個展を開いたころよりしだいに独自の道を切り開き,40年代半ばから画布を床に敷き,缶に入った絵具を上からたらす技法(ドリッピングdripping)によって,描くという行為の直接性を探求した。

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大辞林 第三版の解説

ポロック【Jackson Pollock】

1912~1956) アメリカの画家。絵の具や塗料を滴らせて画面を構成する手法を開発、抽象表現主義を代表する。 → アクション-ペインティング

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367日誕生日大事典の解説

ポロック

生年月日:1845年12月10日
イギリスの法学者
1937年没

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世界大百科事典内のポロックの言及

【アクション・ペインティング】より

…批評家ローゼンバーグが1952年の論文で初めて使った言葉。もともと,床に大きな画布をしいて中に入り込み文字どおりアクションによって描くポロックに由来し,狭義では彼の絵画のみに限定して用いられる。広義ではさらにマザウェルRobert Motherwell(1915‐91),クラインFranz Kline(1910‐62),マチューGeorges Mathieu(1921‐ ),リオペルJean‐Paul Riopelle(1923‐ )らを含めていわれる。…

【抽象表現主義】より

…1940年代から50年代にかけて,アメリカで展開された一群の抽象芸術のこと。代表的作家はゴーキーデ・クーニング,ホフマンHans Hofmann(1880‐1966),ゴットリーブAdolph Gottlieb(1903‐74),マザーウェルRobert Motherwell(1915‐91),ポロック,ガストンPhilip Guston(1913‐80),クラインFranz Kline(1910‐62),スティルClyfford Still(1904‐80),ニューマンBarnett Newman(1905‐70),ロスコら。 作家により様式はさまざまだが,全体として抽象的な様式によりながらも感情や内面性・精神性などを表現しようとする試みととらえることができ,はじめてのアメリカ独自の美術といいうる。…

【ハプニング】より

…この催しでは,ハプニングにおいて〈自発的な,起こるべくして起こる何か〉(カプロー)が重要視され,一回性の偶然や自発性が強調されたのである。 カプローのハプニングの淵源には,J.ポロックのアクション・ペインティングとJ.ケージの偶然性の音楽があった。キャンバスを床にひろげ,体ごと中に入って激しいアクションによって絵具を飛び散らせたポロックは,肉体と意識の交錯を生(なま)の時間の中にさらしつづけたわけであるが,ハプニングは,この描く行為自体をさらに積極的に,純粋に演じようとした。…

※「ポロック」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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