インド南部,カルナータカ州南端部の都市。旧マイソール藩王国の主都。人口75万5379(2001)。標高約770mのデカン高原最南端部のカーベーリ川上流域にある。熱帯高地特有の快適な常春の気候に恵まれ,年降水量も810mmと少なく半乾燥気候に属する。かつてチャームンダー神(シバ神の妃ドゥルガーと同じ)が,ここを支配していた水牛の頭をもつ魔神マヒシャを退治したという伝承があり,地名はそれにちなむマヒシャブール(〈水牛の町〉の意)に由来する。市の南東方にあるチャームンディー山(標高約1150m)は同神に由来し,その頂上には同神にささげられたチャームンディー・シュワリー寺院が,またその中腹にはシバ神の乗物である牡牛(ナンディン)の巨大な石の彫像があり,ヒンドゥー教徒の重要な巡礼地となっている。
市の歴史は古いが,重要な役割を演じるようになったのは,16世紀にビジャヤナガル王国下に現在の城塞の前身が建設されてからである。1610年にチャーマ・ラージャ4世はマイソール王国を創建,その首都は市の北北東約18kmのセーリンガパタム(シュリーランガパトナム)に置かれた。1760年同王国は同家の家臣ハイダル・アーリーによって奪され,67年以降4次にわたってイギリスとマイソール戦争を戦ったが,99年のセーリンガパタムの陥落により同戦争は終結した。戦後,イギリスの保護下にマイソール王国が再興され,マイソールはその首都となった。しかし1831年の農民反乱を契機にマイソール王国は一時廃されてイギリスの直轄下に編入されるとともに,行政的な首都機能はバンガロールに移された。1881年のマイソール藩王国の再興が認められて,マイソールは同藩王の王宮所在地となり,1947年のインド独立時にいたった。
市は新・旧両市に分かれ,新市は旧市の北・西・南方にひろがる。旧市の中央には,北辺が長い台形状の城壁に囲まれた王城があり,その内部の西寄りに藩王宮殿がある。同宮殿は1897-1913年に建設されたインド・イスラム様式の壮麗な宮殿で,インド有数の規模を誇る。宮殿は現在は州立博物館となっているが,ムガル皇帝アウラングゼーブの贈与になる金と象牙で装飾された玉座は名高い。10~11月には10日間のダシャハラーの祭りがあり,その間宮殿は夜間電球のイルミネーションで美しく飾られる。10日目には宮殿を中心に飾られた象が先導をつとめる行列が繰り広げられ,インド各地から多くの観光客を集める。南インドにおける伝統工業の中心地の一つで,マイソール・シルクとして有名な絹サリー,白檀の木彫と香油,象牙細工などの産が多い。北方約16kmのクリシュナラージャ・サーガル・ダム(1932完成)からの水力電力をもとに,紡績,綿布,化学肥料などの諸工業が立地する。マイソール大学(1916創立),インド中央食品工学研究所などをはじめとする教育・研究機関も多く,落ち着いた町の感じとも相まって学都の雰囲気をもつ。
執筆者:応地 利明
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インド南部の州カルナータカの旧称。
[編集部]
…州都はバンガロール。ドラビダ語系に属するカンナダ語を公用語とする言語州として1956年に成立し,73年マイソール州を現名に改称。現名はこの地方の古名カルナードゥ(〈黒色土のくに〉の意)に由来。…
…インドネシアのジャワやスマトラはロブスタの産地として知られるが,スマトラのマンデリンはアラビカ種の逸品で,ブルー・マウンテンが出回るまでは最高のコーヒーと称された。インドではマラバル海岸沿いの山地から産出されるマイソールが良品である。アラビア産のコーヒーはかつてはイエメンのモカ港から積み出されたため,モカコーヒーの名がある。…
※「マイソール」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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