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マレービチ Kazimir Severinovich Malevich

百科事典マイペディアの解説

マレービチ

ロシアの画家。キエフ近郊生れ。ラリオーノフ〔1881-1964〕の前衛芸術運動に参加し,キュビスムやロシア未来派の影響を受ける。1913年より,純粋な感覚の抽象的表現を目ざす〈シュプレマティズム(絶対主義・至高主義)〉の絵画を描き,単純な幾何学的形態を基礎とする抽象画を発表。
→関連項目タトリンブラウエ・ライターミニマル・アートリシツキー

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世界大百科事典 第2版の解説

マレービチ【Kazimir Severinovich Malevich】

1878‐1935
ロシア・ソ連邦の抽象画家。シュプレマティズム絵画の創始者。キエフ近郊に生まれ,モスクワの絵画・彫刻・建築学校に学ぶ。印象主義的な時期のあとラリオーノフの前衛芸術運動に加わり,画風は民芸ふうの素朴なものから立体未来派cubo‐futurismへと展開した。彼の立体未来派は最初F.レジェの円管主義に未来派の色彩を付したものであったが,1913年には分析的キュビスムとロシア未来派の詩の影響をうけて言語イメージと関連する〈超意味的リアリズム〉あるいは〈アロジズム〉と呼ばれる作品《牛とバイオリン》に達する。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

マレービチ
まれーびち
Казимир Северинович Малевич Kazimir Severinovich Malevich
(1878―1935)

ロシアの画家。キエフ近郊に生まれ、モスクワの絵画・彫刻・建築学校で学ぶ。1910年代に入ってからは、キュビスムとフトゥリスム(未来派)の融和を目ざして、しだいに抽象絵画へと傾斜した。13年、未来派オペラ『太陽の征服』を手がけた際、後に「シュプレマティズム」(至高主義・絶対主義)とよばれる純粋抽象に目ざめる。「ダイヤのジャック」(1910)、「ロバの尻尾(しっぽ)」(1912)などの展覧会に出品。15年の「最後の未来派絵画展―0,10」(ゼロを目ざす10人の意)展に出品した『黒い正方形』(モスクワ、トレチャコフ美術館)は、白地の背景の上に黒い正方形だけを描いたもので、今日の抽象画の一つの出発点となった記念すべき作品である。革命後はビテプスクの美術学校で後進の指導にあたった時期もある。また、18年にはマヤコフスキーの戯曲『ミステリヤ・ブッフ』の舞台美術を手がけた。しかし、30年代に入るとソ連美術界は抽象美術をデカダン派のものときめつけ、マレービチもふたたび具象的な仕事に戻ろうとしたが、大きな成果をあげぬまま病に倒れ、レニングラード(サンクト・ペテルブルグ)に没した。死後ますます抽象美術への風当たりは強く、ほとんど抹殺に近い状況にあったが、ようやく第二次世界大戦後の雪どけ以降、再評価され始めている。しかし、西側での研究が盛んで、旧ソ連での研究は1980年代に始まった。[木村 浩]

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世界大百科事典内のマレービチの言及

【シュプレマティズム】より

…ロシアの画家マレービチが1915年に描き始めた幾何学的な抽象絵画の名称。ロシア語で正しくは〈スプレマティズム〉。…

※「マレービチ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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