ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ムラートフ」の意味・わかりやすい解説
ムラートフ
Muratov, Dmitry
ドミトリー・ムラートフ。ロシアのジャーナリスト。フルネーム Dmitry Andreyevich Muratov。1995年以降,独立系新聞『ノーバヤ・ガゼータ』の編集主幹として粘り強く調査報道を行ない,2021年にフィリピンで活動するジャーナリスト,マリア・レッサとともにノーベル平和賞(→ノーベル賞)を受賞した。授賞理由は「表現の自由を通じて,権力の濫用や暴力の行使,母国における権威主義の拡大を暴露した」こと。
ソビエト連邦時代のクイビシェフに生まれ育ち,クイビシェフ国立大学(現サマーラ国立研究大学)を卒業後,陸軍に数年間勤務。1980年代半ばから『ボルジスキー・コムソモーレツ』の新聞記者として働き始め,のちに『コムソモールスカヤ・プラウダ』に移った。ソ連解体後の 1993年に『ノーバヤ・ガゼータ』の創刊に加わり,1994~95年には特派員としてチェチェン紛争を報じた。1995年に記者らの投票によって編集主幹につき,2017年にいったん退任したものの 2019年に復帰した。
メディアへの締めつけを強化するウラジーミル・プーチン政権のもと,ノーバヤ・ガゼータは 2006年にチェチェン共和国での人権侵害を告発したアンナ・ポリトコフスカヤをはじめ記者 6人が殺害された。同紙の顔として広く知られていたムラートフも脅迫を受けたが,屈することなく報道の自由を訴え続けた。しかし,2022年2月のウクライナ侵攻後は,さらに報道への規制が強化され,独立系メディアの大半が閉鎖されるなか,ノーバヤ・ガゼータも翌 3月に「軍事検閲」で活動を停止した。同 4月にはムラートフが暴漢に襲われ,アセトン入りの赤ペンキをかけられてやけどを負ったが,大事にはいたらなかった。6月,ムラートフはウクライナ難民援助の資金集めのためノーベル平和賞のメダルを競売にかけ,1億350万ドルで落札されて話題となった。2007年ジャーナリスト保護委員会 CPJ国際報道自由賞受賞。
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