ムル(読み)むる(英語表記)Gérard Albert Mourou

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ムル」の意味・わかりやすい解説

ムル
むる
Gérard Albert Mourou
(1944― )

フランスの物理学者。フランス東部のアルベールビル生まれ。1967年グルノーブル・アルプ大学卒業。1970年パリ第六大学(ピエール・マリー・キュリー大学、2018年パリ第四大学と合併)大学院修了、1973年同大学から理学博士号取得。その後、博士研究員としてカリフォルニア大学サンディエゴ校で研究し、その後、パリのエコール・ポリテクニク(理工科大学校)で3年を過ごした。1977年からアメリカのロチェスター大学に移り、1987年教授、1988年ミシガン大学教授、1990年、同大学に超高速光学研究センターを創設し、初代所長に就任。その後、フランスに戻り2005~2009年までエコール・ポリテクニク教授、同校の応用光学研究所所長。エコール・ポリテクニク、ミシガン大学それぞれの名誉教授となる。

 長年、発光時間が短く(超短)、強度の高いパルスレーザー研究に取り組んだ。レーザー開発から60年近く経過した1980年代、発光時間(シャッター速度)が数フェムト秒(1フェムト秒は1000兆分の1秒)の短いパルスレーザーが登場したが、その強度には限界があった。材料にレーザーを当てて増幅させるが、パルスレーザーを強くしようとすると材料が壊れてしまったり、巨大な装置が必要だったりしたからである。これを克服したのが、ムルと、ロチェスター大学時代に大学院生として研究室に来たドナ・ストリックランドであった。一気に強度を上げると材料が壊れてしまうため、二人は回折格子を使って、レーザーの発光時間をいったん伸長し、ピーク強度を小さくしたうえで増幅させる方法を思いついた。発光時間を延ばすことで、時間当りのレーザー強度は数万分の1まで小さくなった。これを増幅したのち、ふたたび回折格子で発光時間をもとに戻すことで出力を高くし、強度を従来の1000倍以上も増幅させることに成功した(1985年に論文発表)。これは「チャープパルス増幅」(CPA:Chirped Pulse Amplification)とよばれる手法で、フェムト秒レーザーは小型化が可能になり、物体の動きをとらえる「超高速カメラ」として世界に普及した。高強度のパルスレーザーは、ナノレベルでの加工を行うきわめて精密なレーザー機器の開発を可能にしたほか、がんのレーザー治療や、視力矯正手術(レーシック)など医療分野でも幅広く活用されている。

 1995年R・W・ウッド賞(アメリカ光学会)、2004年LEOS量子エレクトロニクス賞(アメリカ電気電子学会)、2016年フレデリック・アイブズメダル、2012年レジオンドヌール勲章などを受けた。2018年には、「超高出力、超短パルスレーザーを生み出す技術の開発」の業績で、カナダのウォータールー大学のドナ・ストリックランドとともにノーベル物理学賞を受賞した。「光ピンセットの開発と生体システムへの応用」に貢献した、アメリカのベル研究所のアーサー・アシュキンとの同時受賞であった。

[玉村 治 2019年3月20日]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ムル」の意味・わかりやすい解説

ムル
Mourou, Gérard

[生]1944.6.22. アルベールビル
フランスの物理学者。フルネーム Gérard Albert Mourou。1973年パリ第6大学で博士号を取得。エコール・ポリテクニクで勤務したのち,アメリカ合衆国のロチェスター大学教授,ミシガン大学教授を経て,2005年からエコール・ポリテクニク教授。ロチェスター大学教授時代の 1985年,教え子のドナ・ストリックランドとともに高強度超短光パルスをつくる画期的な方法を開発した。レーザー光パルスを回折格子を使って時間的に長く引き伸ばしたうえで,外から光を入れて増幅する。高強度になった光パルスを回折格子で圧縮すると,高強度超短光パルスができる。パルスの波形が小鳥のさえずり(chirp)を思わせることから,チャープパルス増幅(CPA)と名づけられたこの技術によって,1000兆分の1秒よりも短いがピークは 1兆Wをこえる高強度の光パルスが可能になった。このような高強度超短光パルスは,原子分子のふるまいを調べるのに使われるだけでなく,高強度場中の物質研究や電子加速装置,あるいは角膜を削って近視を矯正するレーシック手術などに使われる医療用装置などにも広く普及した。2018年,レーザー技術を使った新しい「道具」の発明によりアメリカのアーサー・アシュキン,カナダのストリックランドとともにノーベル物理学賞(→ノーベル賞)を受賞した。

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