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モムゼン モムゼン Mommsen, (Christian Matthias) Theodor

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

モムゼン
モムゼン
Mommsen, (Christian Matthias) Theodor

[生]1817.11.30. シュレスウィヒ,ガルディング
[没]1903.11.1. ベルリン
ドイツの歴史家,古典学者。キールで法律学,言語学を学んだのちイタリアフランスに旅行して碑文学などを研究。 1848年ライプチヒ大学教授となったが,シュレースウィヒホルシュタイン国民運動に参加して教壇を追われた。

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デジタル大辞泉の解説

モムゼン(Theodor Mommsen)

[1817~1903]ドイツの歴史家。ローマ史研究の基礎を確立。政治家としても活躍。1902年ノーベル文学賞受賞。著「ローマ史」「ローマ公法」など。

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百科事典マイペディアの解説

モムゼン

ドイツの歴史家。チューリヒベルリン大学教授を歴任。シュレスウィヒ・ホルシュタイン問題では国民自由党分離派の国会議員としてビスマルクを激しく攻撃し,一時教壇を追われた。
→関連項目バッハオーフェン

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世界大百科事典 第2版の解説

モムゼン【Theodor Mommsen】

1817‐1903
19世紀ドイツを代表する学者。法律学,碑文学,言語学,古銭学,歴史学に不朽の業績を残す。ライプチヒ,チューリヒ,ブレスラウ(現,ブロツワフ)の各大学教授を経て,1858年プロイセンアカデミー会員としてベルリンに移り,61年ベルリン大学古代史教授。63‐66年および73‐79年にプロイセン議会の議員,81‐84年には帝国議会議員となる。69年ローマ名誉市民,1902年ノーベル文学賞を受ける。 著書をおおむね年代順に挙げると,《ローマ史》(1‐3巻:1854‐56,5巻:1885,ローマ帝政期にあてられるはずだった第4巻はついに書かれなかった),《ローマ研究》2巻(1864,79),《ローマ国家法》3巻(1871‐88),《ローマ刑法》(1899)である。

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大辞林 第三版の解説

モムゼン【Theodor Mommsen】

1817~1903) ドイツの歴史学者。古代ローマ史に関して法律・貨幣・碑文など広範な研究を行い、のちの研究に多大な影響を与える。著「ローマ史」「ローマ国家法」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

モムゼン
もむぜん
Theodor Mommsen
(1817―1903)

ドイツの古代史家。シュレスウィヒの牧師の家に生まれる。キール大学で法律を学び、のちイタリア、フランスで碑文学、考古学の研鑽(けんさん)を積む。1848年の三月革命では、郷里の新聞編集者として活発な論陣を張った。同年ライプツィヒ大学教授に招かれ、古代法を講義したが、50年反動的な政府と対立して罷免された。その後チューリヒ大学(1852)、ブレスラウ大学(1854)と移り、58年以降ベルリン大学で古代史を担当。モムゼンは当時の大学教授としては珍しく左派自由主義の立場にたち、プロイセン邦議会議員(1863~66、1873~79)、帝国議会議員(1881~84)としてビスマルクを鋭く批判。またトライチュケの国家主義的歴史学とも対決した。主著『ローマ史』(一~三巻・1854~56、第四巻は断片で未完、第五巻・1885)では、彼の政治的体験が躍動する文章となって読者を魅了し、このため後年(1902)ノーベル文学賞を受賞した。また多数の協力者を得て編集した『ラテン碑文集成』、『ローマ公法』(三巻・1871~88)、『ローマ刑法』(1889)その他の業績は、ニーブールのあと、近代におけるローマ史研究の礎石を据えた歴史家としての地位を不動のものとした。[木谷 勤]
『ヴェーラー編、ドイツ現代史研究会訳『ドイツの歴史家 第一巻』(1982・未来社)』

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世界大百科事典内のモムゼンの言及

【金石学】より

…刻文年代は前7世紀末から古代末期にいたるが,帝政初期への集中がかなり著しい。ラテン碑文学は,モムゼンの首唱のもとに19世紀ドイツで企てられたラテン語金石文の集成《コルプス・インスクリプティオヌム・ラティナルムCorpus Inscriptionum Latinarum》(1863‐ )の刊行によって,その基礎が築かれた。ラテン碑文の場合,刻文形式のうえで目を引くのは,省略記号を頻用することと,文の定型化が著しいことである。…

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