ヤギ

改訂新版 世界大百科事典 「ヤギ」の意味・わかりやすい解説

ヤギ (山羊)
goat

偶蹄目反芻(はんすう)亜目ウシ科ヤギ亜科ヤギ属Capraに属する哺乳類の総称。ヤギはヒツジと同じ科に属し,比較的よく似た家畜であるが,ヒツジには眼下腺や,蹄間腺などの脂肪分泌腺があるが,ヤギにはなく,ヒツジにはないあごひげがヤギの雄に見られる。ヒツジは草を好むが,ヤギは草よりもむしろ樹葉を好んで食べるなどがおもな相違点である。

家畜ヤギC.hircusの起源とされる野生ヤギには次の3種がある。(1)ベゾアールbezoar(C.aegagrus) ノヤギwild goatとも呼ばれ,カフカスアフガニスタンなどアジアの一部に分布している。山岳地帯にすみ,体格は家畜のヤギよりやや大きく,弓形に後方に曲がる大きな角をもつ。主としてヨーロッパ系の乳用ヤギの先祖とされる。(2)マーコールmarkhor(C.falconeri) アフガニスタン,ヒマラヤチベットの山岳地帯に分布し,ときには平地にもすむ野生ヤギで,角は大きくらせん状。毛用種のアンゴラ種,カシミア種がこれから生まれたといわれているが,ベゾアールとの交雑種に由来したものも数多い。(3)ヨーロッパノヤギEuropean wild goat(C.prisca) すでに絶滅してしまったが,北スペインや南フランスなどの平地に分布していたもので,ヨーロッパ南東部で家畜化され,現在ヨーロッパで見られるらせん状の角をもつヤギの原種と考えられている。

 このほか家畜ヤギとは関係はないが,ヤギ属に属する野生ヤギとして次の2種が現存している。(1)アイベックスibex(C.ibex) 大きな角をもつ灰褐色から茶色の毛色の野生ヤギで,産地により数亜種に分けられ,角の形,毛色に違いがある。(2)ツールtur(C.caucasica) カフカスとヨーロッパ・ロシア南東部に分布する野生ヤギで,角は丸みをもち,外後方へねじれて伸びている。毛色は赤褐色で四肢の下部は黒い。

ヤギの家畜化がいつ,どこで始められたかは明らかでないが,ヨルダンイェリコ遺跡に家畜化されたと推定されるヤギの骨が見いだされ,前7000年ころには家畜化されていたと考えられている。シュメール都市国家下の図像にもヤギが現れるが,セム系のアッシリア人の下ではヤギはおおいに飼育されていた。またギリシア本土では前2000年以後にバルカン半島の方面から家畜ヤギがもたらされた可能性がある。イタリアではエトルリア人がすでにヤギを飼っていたことが知られている。東方への伝播(でんぱ)については,その時代は明らかではないが,一方では中央アジアからモンゴルを経て中国へ,他方ではインドを経てマレーシア,さらに中国南部そして南日本にまで及んでいる。

ヤギは近縁のヒツジと解剖学的にもひじょうによく似ているが,外貌上の特徴としては,首が長く頭部が高く位置し,雌雄とも有角のものが多く(改良種には無角のものもある),角は弓形で断面が左右に扁平である。大部分があごひげを有し,スイス原産の品種には頸部に肉垂(にくすい)wattleをもつものもある。全身の毛は堅い粗毛で,毛脂に乏しい。尾は短く扁平である。特異な体臭があり,ことに繁殖期の雄に著しい。

 性質は活発で動作は敏しょう。高い所に上がることを好む性質がある。ヒツジほど強くはないが群居性をもち,まとまって行動しつつ,仲間と追いあったり跳躍したり活発に遊ぶ。勇敢でなお野生みを失っていないため,地形的に困難なところでもおくさず進んでいく。ヨーロッパ系の言語で〈ヤギのような〉といえば(例えば英語におけるcapricious)わがままな性格を指す。確かにヤギはヒツジに比べて,ときにかって気ままな歩行者である。しかしひとたび牧夫になつくと,必要なときには牧夫の命令に迅速に対応する。そのためしばしばヤギはヒツジ群に混入され,リーダー的役割を担わされている。また活動的であるので人間の管理を放れると再野生化する傾向が各種家畜のなかでも強い部類に属する。例えば17世紀にアイルランド農民反乱が頻発したとき,多くの家畜ヤギが再野生化している。日本でも,アメリカ人が放ったヤギが小笠原諸島で再野生化し,大きな自然群をつくっている。食性は草食性であるが,嗜好(しこう)の幅は広く,とくに樹葉嗜好性があり,灌木を食害する。このため過放牧になると植生を荒らして荒蕪地(こうぶち)としてしまうため嫌われる場合もある。牧草としては短く柔らかいマメ科の茎葉よりも,やや粗剛なイネ科を好む傾向がある。このような特性から傾斜地の多い地方,未開発の僻地(へきち)などに多く飼われており,多目的に利用されているので品種の数も多い。

乳用種としてはヨーロッパ系の改良種が多く,スイス原産のザーネン種Saanen(白色,無角),トッゲンブルグ種Toggenburg(チョコレート色に白徴,有角),イギリス原産のアングロ・ヌビアン種Anglo-Nubian(無角,垂耳,毛色は多様)が有名である。〈貧農の乳牛〉とも呼ばれ,小規模経営の農家の自家用乳生産に主として用いられているが,ヤギ乳を原料とするチーズもフランス,スイス,イタリアには多い。泌乳能力は年間600~1200kg,脂肪球が小さく消化のよいことも特徴の一つである。肉用種としては,とくに改良の進んだ品種はないが,アジア,アフリカに飼われるヤギのほとんどすべてが肉用で,インドにはジャムナパリ種Jamunapari,エタワ種Etawaなど乳肉兼用の品種もある。ヤギ肉は特有なにおいがあって嫌う人も多いが,日本でも沖縄県や長崎県では古くからヤギ肉料理が食べられていて,肉用の在来ヤギ(トカラヤギシバヤギ)が飼育されていた。毛用種としてはモヘアmohairを生産するトルコ原産のアンゴラ種Angora,冬に生える下毛が高級織物(カシミア織)の原料となるカシミア種Cashmereが有名である。モヘアは毛長15~18cmで,光沢と弾力にすぐれ,薄地の夏服地,肩掛け,高級ビロードなどの原料とする。このほか皮革も利用され,羊皮よりもじょうぶで,銀面の模様が美しいので,キッドと呼ばれ手袋や防寒衣料,袋物に利用される。

ヤギはじょうぶで温和な家畜であり,食性も広いので飼いやすい家畜である。飼料は青草のある季節は野草,牧草,樹葉などを中心に与え,冬季は干し草,サイレージ,藁稈(こうかん)類,根菜で代替する。ヤギの習性として雨露に濡れた餌,汚れた餌を嫌うから,頭部より高い位置の草架に投入して与えるのがよい。繁殖期は秋で,生後6~7ヵ月を過ぎた雌には21日間隔で発情が起こる。発情徴候は明りょうで,鳴声,振尾,不穏な挙動,外陰部の腫張,粘液の分泌などから判定する。普通明け2歳の個体から繁殖に供用する。妊娠期間は平均152日。春に分娩(ぶんべん)をむかえる。単子であるが,双子以上の場合も多く,3子もまれでない。ことにシバヤギにおいては多胎の場合のほうが多い。分娩は軽く,ほとんど人手を要しない。子ヤギは生後3~4日は母ヤギにつけ,初乳を飲ませなければならない。

 有角の個体の除角を行うのは,生後7~10日ごろで,角のはえる位置を旋毛で確認し,その部分の毛を刈ってから角の成長点を苛性カリのような薬品もしくは焼きごてで焼烙(しようらく)する。またヤギのひづめは定期的に削蹄しないと,角質部が伸び過ぎて腐蹄症の原因となったり,姿勢を悪くしたりする。2ヵ月ごとに削蹄鋏(さくていきよう)か鎌で削り矯正する。ヤギは強健な家畜で病気の心配は比較的少ないが,飼料に原因する胃腸カタルや鼓脹症(第一胃の発酵異常),放牧時の有毒植物採食による中毒などが多い。またウシに寄生する糸状虫Setaria digitataの子虫が脊髄に迷入しておこる腰麻痺,胃に寄生する捻転胃虫,原虫の1種コクシジウムの寄生による下痢症などの被害もあるので,予防,治療には十分の注意を必要とする。
家畜
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ヤギは多くの場合ヒツジとの対比で語られる。すなわち,ヤギはヒツジにくらべて野生的であり,価値的にも劣ったものと考えられた。新約聖書では最後の審判において,キリストが,ちょうど羊飼いがヒツジとヤギを分けるようにすべての人間を善き者と悪しき者に分けると書かれている(《マタイによる福音書》25:32~33)。ギリシア神話における牧神パンは牧人たちの崇拝する神であって,その姿は下半身はヤギで足にはひづめをもち,上半身はいちおう人間の形をもつが,額にはヤギ角,あごにはヤギひげをもつとされた。パンのほかに,ギリシアではサテュロス,シレノス,北欧民話の森の精リェシー,ローマではファウヌスといった半獣神がいる。これらは古典時代には牧歌的な神々として親しまれたが,キリスト教が生まれてからは,山や森に住む好色で悪魔的な存在に変容させられた。悪魔の王たるサタンも,しばしばヤギの姿で図像化されている。

 なお,身代りのヤギ,つまりスケープゴートということばは,旧約時代,人々が自分たちの罪を1頭のヤギになすりつけ,荒野に放って死に至らしめた儀式に基づくといわれる。この表現からわかるように,社会内的汚れをヤギに転移させ,それを野に放つことで汚れをはらう儀礼が,地中海世界にはあった。野生みを保ちつづけるヤギが,〈文化〉に対して〈自然〉,〈中心〉に対して〈周縁〉的存在とみなされ,汚れおとしの手段とみなされたためであろう。
執筆者:


ヤギ

花虫綱ヤギ目Gorgonaceaに属する腔腸動物(刺胞動物)の総称。Gorgōnとはギリシア神話の魔女の名である。すべて海産で,やや広がった仮根で他物に付着し,木の枝状,扇状やむち状の群体をつくる。浅海から深海まで分布し,暖海に種類が多い。群体内の中央にはじょうぶな軸骨があり,その表面を多数のポリプと薄い共肉がおおっている。共肉は内外2層よりなり,外皮層には石灰質の骨片がまばらにあり,内層は髄部に硬い骨軸を形成していく。骨軸には石灰質の骨片からなるものと,ゴルゴニンと微量の石灰質からなる非骨片質のものとがあり,前者を骨軸亜目Scleraxonia,後者を全軸亜目Holaxoniaとしている。群体の色彩が赤色,橙色,黄色など美しいものが多く,また大型なため海中景観をにぎわす主役になっている。

 骨軸亜目にはイソバナMelithaea flabelliferaや有用種であるアカサンゴCorallium japonicumなどが含まれる。全軸亜目にはハナヤギAnthoplexaura dimorpha,トゲヤギAcanthogorgia japonica,ムチヤギEllisella rubraなど多くの種類がある。骨軸の硬度が高いものは加工して装飾品に用いられる。
サンゴ
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ヤギ」の意味・わかりやすい解説

ヤギ
Capra hircus; goat

偶蹄目ウシ科。イヌに次いで古い家畜の一つ。ヤギの家畜化はアジアで進められ,前 3500年にはすでに家畜化されていたと考えられている。ノヤギを飼い馴らしてつくられたもので,耳の形,角の有無,毛色など品種によりさまざまであるが,尾の下に特有な臭いを出す尾下腺をもつこと,顎の下に1対のひげがあることなどが共通している。その利用目的により肉用,乳用,毛用などに分けられ,また産出地域により,ヨーロッパ種,アフリカ種,アジア種などに区別される。

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日本の企業がわかる事典2014-2015 「ヤギ」の解説

ヤギ

正式社名「株式会社ヤギ」。英文社名「YAGI & CO., LTD.」。卸売業。明治26年(1893)創業。大正7年(1918)「株式会社八木商店」設立。昭和18年(1943)「八木株式会社」に改称。平成元年(1989)現在の社名に変更。本社は大阪市中央区久太郎町。繊維専門商社。原料の糸から布地・衣料品まで総合的に扱う。東京証券取引所第2部上場。証券コード7460。

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デジタル大辞泉プラス 「ヤギ」の解説

ヤギ

2000年に台風委員会により制定された台風の国際名のひとつ。台風番号、第19号。日本による命名。星座の「やぎ座」から。

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ダイビング用語集 「ヤギ」の解説

ヤギ

サンゴの一種で俗にソフトコーラルと呼ばれる。黄色や赤などさまざまな色彩に富み、美しい水中景観をつくる。

出典 ダイビング情報ポータルサイト『ダイブネット』ダイビング用語集について 情報

栄養・生化学辞典 「ヤギ」の解説

ヤギ

 [Cupra hircus].肉を食用にし,また乳も利用する.

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世界大百科事典(旧版)内のヤギの言及

【乳】より

…神や英雄や聖人の養育譚に乳が重要な役割を果たすことは多い。ゼウスはクレタ島イデ山の雌ヤギあるいはニンフのアマルテイアの乳で養われた。サンタ・クロースとして広く親しまれる聖ニコラウスは,乳児のころ,キリストがユダに裏切られた水曜日と十字架にかけられた金曜日には,母の乳房を1度しか吸わなかったと,《黄金伝説》には説かれている。…

【テント】より

…東はチベットから西は北アフリカまで,乾燥地域に広くみられる。チベットでヤクの毛を素材として用いる以外,ほとんどの地域では黒ヤギの毛で織った織布をテント地として使用している。北アフリカなど一部の地域では,ヤギの毛にヒツジやラクダの毛をまぜて使うこともある。…

【動物】より

…動物とは,他の生物を食べて独立生活をする生物の総称で,分類学上,植物界に対して動物界Animaliaを構成する。
【動物と植物】
 動物も植物もその体は,水,無機塩,炭水化物,脂肪,タンパク質からなるが,消耗した成分を補い,新しい組織をつくるなど,生活に必要なエネルギーを得るためには栄養分が必要である。緑色植物は栄養分としての炭水化物を,光のエネルギーを用いた炭酸同化(光合成)によって大気中の二酸化炭素と水からつくり出す能力をもっている(独立栄養)。…

※「ヤギ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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