ヤギ(読み)やぎ(英語表記)goat

翻訳|goat

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヤギ」の意味・わかりやすい解説

ヤギ(哺乳綱)
やぎ / 山羊
goat

哺乳(ほにゅう)綱偶蹄(ぐうてい)目ウシ科ヤギ属Capraに含まれる動物の総称。狭義には家畜化されたヤギC. hircusをさす。ヒツジ(ヒツジ属Ovis)と系統分類学的に近い動物であるが、(1)ヒツジには眼下腺(せん)、蹄間腺、鼠径(そけい)腺などの分泌腺があるのに、ヤギにはなく、尾の下に尾下腺を有すること、(2)ヤギの雄にはりっぱな顎髯(がくぜん)があること、(3)ヒツジは一般に尾が長く垂れているが、ヤギは短く立っていること、(4)ともに草食性であるが、ヤギは草よりもむしろ樹葉を好むこと、などの相違点がある。しかし、ヤギ属とヒツジ属の間には、半羊とよばれる属、たとえば髯(ひげ)をもつヒツジであるバーバリシープ属Ammotragusや、髯のないヤギであるタール属Hemitragusなどもあり、差は明瞭(めいりょう)ではない。

[正田陽一]

野生ヤギ

家畜ヤギの祖先種と考えられる野生ヤギには次の3種がある。

(1)ベゾアールC. aegagrus ノヤギまたはパザンとよばれ、カフカスやアフガニスタンなど西アジアの山岳地帯にすんでいるが、その胃の中にある胃石に薬効があると信ぜられたため、乱獲されて数が減っている。弓形に曲がった大きな角(つの)をもち、ヨーロッパ系の乳用種の先祖とされる。

(2)マーコールC. falconeri ヒマラヤ、アフガニスタンに野生し、角は螺旋(らせん)状に巻いてコルク抜き形を呈する。西アジアの毛用ヤギの祖先種である。

(3)ヨーロッパノヤギC. prisca 絶滅種であるが、ヨーロッパ南西部にかつて野生しており、螺旋角をもつヨーロッパ系家畜ヤギの先祖と考えられている。

 このほか家畜ヤギとは関係のないものに、山岳性野生ヤギのアイベックス類がある。この類にはアルプスアイベックスC. ibexカフカズツールC. caucasicaなど7種があり、ヨーロッパ・アルプス、カフカス、インド北西部などの高所にすむ。体格は全体にがっしりとしており、角は雌雄にあるが、とくに雄は三日月形で後下方に湾曲した巨大な角をもつ。体毛は灰褐色であるが、地方や季節により変化する。

[正田陽一]

家畜ヤギ

最古の農村文化遺跡といわれるヨルダンエリコ遺跡からも、家畜ヤギと推定される骨が出土しており、紀元前7000年ごろに家畜化が成立したと考えられている。現在飼育されている家畜ヤギは肉用の目的のものがいちばん多く、ついで乳用種、毛用種となる。家畜ヤギの飼養頭数は世界で8億0763万頭、アフリカ、アジアの両地域にもっとも多く9割を占めるが、その大部分は改良の程度の低い肉用種で、代表的な改良種としてはインド原産のジャムナパリJamnapariがある。ヤギ肉は特有なにおいがあり(とくに繁殖期の雄に強い)嫌う人も多いが、日本でも長崎県、沖縄県では古くからヤギ肉料理が盛んで、小形の肉用在来ヤギ(トカラヤギシバヤギ)が飼われていた。乳用ヤギとしてはヨーロッパ系の改良種が多く、もっとも有名な品種にザーネンSaanenがある。スイスのザーネン渓谷の原産で、被毛は白色、無角であごの下に肉髯がある。乳量は年間600~1000キログラム。イギリスで改良されたブリティッシュザーネンBritish Saanen、日本で改良した日本ザーネンがある。トッゲンブルグToggenburgはスイス原産で、毛色はチョコレート色、顔に白斑(はくはん)がある有角の品種。アルパインAlpineもスイス原産で有角、褐色。アングロヌビアンAnglo-Nubianはイギリスで改良された無角、垂れ耳の品種で、毛色は変異が多く斑紋のものもある。山羊乳は脂肪球が小さく消化がよいので、飲用乳として優れている。毛用種としては、トルコ原産でモヘアを生産するアンゴラAngolaと、冬毛が高級織物の原料となるカシミアCashmereが有名である。このほか皮革の利用も盛んで、キッドとよばれて手袋や防寒衣料、袋物に使われる。なお、日本には現在約3万4000頭のヤギが飼育されている。

[正田陽一]

形態・生態

ヤギはヒツジに比べて頸(くび)が長く頭部が高く位置しており、雌雄ともに有角のものが多い。角は弓形で、左右に扁平(へんぺい)になっている。全身の被毛は堅い粗毛で、毛脂に乏しい。尾は短く、扁平である。

 性質はきわめて活発で、動作は敏捷(びんしょう)であり、高い場所へあがることを好む。食性は、樹葉嗜好(しこう)性が強く、低木を食害するうえ、高い木の枝に登って葉を食べることもあるので、植生の乏しい場所に過放牧すると、土地を荒らしてしまうこともある。群居性はヒツジほど強くはないが、まとまって行動する。

[正田陽一]

飼養・管理

家畜ヤギは、体質強健で粗末な飼料でも飼うことができ、体が小さいので維持飼料も少なくてすむことから「貧農の乳牛」ともよばれて、小規模経営の農家で飼育されることが多い。春から秋へかけて青草のある季節は野草、牧草、樹葉を中心に与え、冬季には干し草、サイレージ、根菜などを給与する。田のあぜにつなぎ飼いすることもしばしば行われる。草を刈って与える場合には、草架に投入して与え、ヤギが踏んで汚したりしないように注意する。また雨露にぬれた草は、鼓張症の原因にもなるので乾かして与える必要がある。繁殖期は秋で、生後半年を過ぎた雌には21日の周期で発情が訪れる。鳴き声、振尾、外陰部の腫脹(しゅちょう)、粘液の分泌などで判定することができる。普通、当歳では種付けを行わず、明け2歳から繁殖に供用する。妊娠期間は平均152日。春先に分娩(ぶんべん)する。単胎であるが2子または3子の場合も多く、シバヤギのように多胎の場合のほうが多い品種もある。生まれた子はすぐに立ち上がって母親の乳を飲む。生後1週間ほどの間の乳は、初乳といって子ヤギに免疫抗体を与え、胎便を排出させる働きをするので、かならず飲ませなければならない。

 有角の個体は管理の便のため生後7~10日ごろに除角を行う。角の生える位置の毛を刈って皮膚を裸出させ、角の成長点をカ性カリのような薬品、もしくは焼きごてで焼く。肉用にする雄畜は生後3週齢ごろに去勢をすると、と肉に特有な牡臭(ぼしゅう)がつかず肉質を高めることができる。またヤギのひづめは定期的に削蹄をしないと、角質部が伸びすぎて腐蹄症の原因となったり、肢勢を悪くしたりする。2か月ぐらい置きに削蹄鋏(ばさみ)、あるいは鎌(かま)などで削ることがたいせつである。

 ヤギはじょうぶな家畜で健康を害することは比較的少ないが、寄生虫の被害を受けることが多いので、畜舎の運動場などはつねに乾燥して清潔にするように努める必要がある。胃に寄生する捻転(ねんてん)胃虫、原虫の一種コクシジウムによる下痢などが多発する。また夏季にカが媒介するウシの糸状虫の子虫が脊髄(せきずい)に迷入すると腰麻痺(ようまひ)の症状を示し、起立不能となる。このほか飼料に原因する胃腸カタルや鼓張症などの消化器疾患も多い。野草地へ放牧するときには、ツツジ、アセビなど有毒植物を採食して中毒することもあるので注意が肝要である。

[正田陽一]

食品

ヤギの食用は中東の放牧民族をはじめ、ヨーロッパ、アジアなど各国で行われ、肉以外に内臓や乳が利用される。トルコの一部、エチオピア、コンゴ民主共和国(旧、ザイール)、インドネシアなどでは、他の食肉よりも山羊肉をとくに重用し、もてなしの御馳走(ごちそう)としている。ギリシアやフランスには山羊乳を用いたチーズがある。山羊肉の栄養価は羊肉に比べタンパク質が多く、脂質が少ない。山羊乳の栄養成分は牛乳とほぼ似ているが、タンパク質の構成が牛乳より人乳に似ている。

[河野友美・大滝 緑]

調理

ヤギの肉色は淡赤色で特有の臭みがあるが、羊肉ほど強くない。調理ではスパイスを用いて串(くし)焼き、シチュー、ロースト、汁物などにする。日本では沖縄に山羊料理があり、ヤギの刺身(皮ごと薄切りにしてしょうゆ、特産の柑橘(かんきつ)類であるシークヮーサーの汁、薬味で食べる)、山羊汁(骨つきのヤギの肉、内臓などをぶつ切りにしてヨモギの葉とともに3~4時間煮込み、ショウガと塩で調味しながら食べる)、そのほか山羊肉の角煮や炒(いた)め物などがある。

[河野友美・大滝 緑]

ヤギと人間

自然条件の厳しい山岳地や不毛の地でも生存でき、しかも良質の乳や肉が食用となり、毛皮の利用価値も高いというヤギは、「貧農の乳牛」ともよばれて早くから家畜化されていた。イラン北部では、すでに紀元前6000年ごろから家ヤギが飼われていたという説もあり、順化の初めは、野生ヤギの群れの移動に伴う一種の遊牧生活であったと考えられる。現代のアフリカにおいてももっとも重要な家畜の一つであり、とりわけツェツェバエの生息する地域では、比較的これに強いヤギがウシにとってかわっており、重要な嫁資(かし)や供犠(くぎ)獣の役割を担っている。ナイジェリアのハウサ人やカメルーンのフラニ人などでは、ヒツジとともにヤギの皮細工が盛んである。

 樹々の新芽を食い尽くして森を荒廃させるヤギは、人間にとってヒツジと同様砂漠化を進める恐怖の存在であるが、一方では森を開拓するのにかっこうな補助者であった。さらに、家畜化されたあとでもかなり野性を残し、荒れ地でも慣れて生殖力が強いという特質は、自然性を象徴するのにふさわしい動物とされ、古代ギリシアでは山野の精サティロスや好色な牧人の神パンが、ヤギの下半身と角(つの)をもつものとして表現された。パンに相当するローマの古い森の神ファウヌスも、ヤギの形象と結び付いている。北欧の森の神レシもヤギの角と耳、足をもつが、この神はさらに穀物の成長とともに身の丈を変える穀物神とも考えられていた。しかし、キリスト教の世界観のなかではヤギは野性の象徴として悪魔の属性を担い、魔女の集会サバトを主宰する悪魔はしばしばヤギの姿で表された。また古代ギリシア、およびとりわけ古代のユダヤ教においては、ヤギは代表的な供犠獣であった。ユダヤ教の儀礼では、すべての罪をヤギに科して荒野に放逐するという方法があり、ここから「贖罪の山羊(しょくざいのやぎ)」(スケープゴート)という表現も生まれた。

[渡辺公三]

『加茂儀一著『家畜文化史』(1973・法政大学出版局)』『万田正治著『ヤギ――取り入れ方と飼い方・乳肉毛皮の利用と除草の効果』(2000・農山漁村文化協会)』『平川宗隆著『沖縄のヤギ「ヒージャー」文化誌――歴史・文化・飼育状況から料理店まで』(2003・ボーダーインク)』


ヤギ(腔腸動物)
やぎ / 海楊
horny coral
sea whip
sea fan
sea plume

腔腸(こうちょう)動物門花虫綱八放サンゴ亜綱ヤギ目Gorgonaceaの海産動物の総称。個虫は羽状突起をもった8本の触手と8枚の隔膜とをもつ。すべて群体となり、群体の中心に角質あるいはそれに石灰質を膠着(こうちゃく)した骨軸をもち、下端で岩礁などに固着することによって八放サンゴ類のほかの目から区別される。18科約120属に属する多くの種が知られ、やや高緯度地方にも少数のものが生息するが、ほとんどの種は暖海の潮間帯より1000メートルの深海にまで分布する。とくにインド洋から西太平洋と西インド諸島の熱帯海域に多い。群体は一般に平面的な樹枝状分岐をし扇状となるが、なかにはまったく分岐をせずに鞭(むち)状となるもの、さらに膜状あるいは葉状となるものもある。骨軸上に共肉が厚く覆い、個虫は共肉中に埋まるか、あるいは共肉表面より突出している。個虫の胃腔は短く、共肉内に埋まり、骨軸中へは侵入しない。共肉内を骨軸に沿って走る主縦管が縦方向に個虫の胃腔を貫くほか、細い共肉内細管が網目状に走り、それぞれの胃腔を連絡する。有性生殖でできたプラヌラ幼生が岩礁に付着し、変態して1個のポリプをもったヤギとなり、それが出芽法による無性生殖で個虫を増やして大きな群体となる。

 この類は骨軸の性質によって二つの亜目に分けられる。すなわち、石灰質の骨片が角質様物質で膠着された骨軸をもつ骨軸亜目Scleraxoniaと、角質の薄片が層状に固着し、骨片を含まない骨軸をもつ全軸亜目Holaxoniaである。両亜目とも共肉部は多くの骨片を含み、皮部とよばれる。骨軸亜目には、骨軸が一続きで節がないウスカワヤギ科、ヒラヤギ科、サンゴ科などがあり、骨軸に節部と間節部が交互にあるイソバナ科、トクサモドキ科などがある。一方、全軸亜目には、骨軸に節がなく、骨軸がほとんど石灰化されず弾力のあるトゲヤギ科、フタヤギ科、フトヤギ科などがあり、骨軸に節がなく、強く石灰化するために弾力性のない骨軸をもつムチヤギ科、キンヤギ科、オオキンヤギ科などがあり、骨軸に節部と間節部が交互にあるトクサヤギ科がある。

[内田紘臣]


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改訂新版 世界大百科事典 「ヤギ」の意味・わかりやすい解説

ヤギ (山羊)
goat

偶蹄目反芻(はんすう)亜目ウシ科ヤギ亜科ヤギ属Capraに属する哺乳類の総称。ヤギはヒツジと同じ科に属し,比較的よく似た家畜であるが,ヒツジには眼下腺や,蹄間腺などの脂肪分泌腺があるが,ヤギにはなく,ヒツジにはないあごひげがヤギの雄に見られる。ヒツジは草を好むが,ヤギは草よりもむしろ樹葉を好んで食べるなどがおもな相違点である。

家畜ヤギC.hircusの起源とされる野生ヤギには次の3種がある。(1)ベゾアールbezoar(C.aegagrus) ノヤギwild goatとも呼ばれ,カフカス,アフガニスタンなどアジアの一部に分布している。山岳地帯にすみ,体格は家畜のヤギよりやや大きく,弓形に後方に曲がる大きな角をもつ。主としてヨーロッパ系の乳用ヤギの先祖とされる。(2)マーコールmarkhor(C.falconeri) アフガニスタン,ヒマラヤ,チベットの山岳地帯に分布し,ときには平地にもすむ野生ヤギで,角は大きくらせん状。毛用種のアンゴラ種,カシミア種がこれから生まれたといわれているが,ベゾアールとの交雑種に由来したものも数多い。(3)ヨーロッパノヤギEuropean wild goat(C.prisca) すでに絶滅してしまったが,北スペインや南フランスなどの平地に分布していたもので,ヨーロッパ南東部で家畜化され,現在ヨーロッパで見られるらせん状の角をもつヤギの原種と考えられている。

 このほか家畜ヤギとは関係はないが,ヤギ属に属する野生ヤギとして次の2種が現存している。(1)アイベックスibex(C.ibex) 大きな角をもつ灰褐色から茶色の毛色の野生ヤギで,産地により数亜種に分けられ,角の形,毛色に違いがある。(2)ツールtur(C.caucasica) カフカスとヨーロッパ・ロシア南東部に分布する野生ヤギで,角は丸みをもち,外後方へねじれて伸びている。毛色は赤褐色で四肢の下部は黒い。

ヤギの家畜化がいつ,どこで始められたかは明らかでないが,ヨルダンのイェリコ遺跡に家畜化されたと推定されるヤギの骨が見いだされ,前7000年ころには家畜化されていたと考えられている。シュメール都市国家下の図像にもヤギが現れるが,セム系のアッシリア人の下ではヤギはおおいに飼育されていた。またギリシア本土では前2000年以後にバルカン半島の方面から家畜ヤギがもたらされた可能性がある。イタリアではエトルリア人がすでにヤギを飼っていたことが知られている。東方への伝播(でんぱ)については,その時代は明らかではないが,一方では中央アジアからモンゴルを経て中国へ,他方ではインドを経てマレーシア,さらに中国南部そして南日本にまで及んでいる。

ヤギは近縁のヒツジと解剖学的にもひじょうによく似ているが,外貌上の特徴としては,首が長く頭部が高く位置し,雌雄とも有角のものが多く(改良種には無角のものもある),角は弓形で断面が左右に扁平である。大部分があごひげを有し,スイス原産の品種には頸部に肉垂(にくすい)wattleをもつものもある。全身の毛は堅い粗毛で,毛脂に乏しい。尾は短く扁平である。特異な体臭があり,ことに繁殖期の雄に著しい。

 性質は活発で動作は敏しょう。高い所に上がることを好む性質がある。ヒツジほど強くはないが群居性をもち,まとまって行動しつつ,仲間と追いあったり跳躍したり活発に遊ぶ。勇敢でなお野生みを失っていないため,地形的に困難なところでもおくさず進んでいく。ヨーロッパ系の言語で〈ヤギのような〉といえば(例えば英語におけるcapricious)わがままな性格を指す。確かにヤギはヒツジに比べて,ときにかって気ままな歩行者である。しかしひとたび牧夫になつくと,必要なときには牧夫の命令に迅速に対応する。そのためしばしばヤギはヒツジ群に混入され,リーダー的役割を担わされている。また活動的であるので人間の管理を放れると再野生化する傾向が各種家畜のなかでも強い部類に属する。例えば17世紀にアイルランドで農民反乱が頻発したとき,多くの家畜ヤギが再野生化している。日本でも,アメリカ人が放ったヤギが小笠原諸島で再野生化し,大きな自然群をつくっている。食性は草食性であるが,嗜好(しこう)の幅は広く,とくに樹葉嗜好性があり,灌木を食害する。このため過放牧になると植生を荒らして荒蕪地(こうぶち)としてしまうため嫌われる場合もある。牧草としては短く柔らかいマメ科の茎葉よりも,やや粗剛なイネ科を好む傾向がある。このような特性から傾斜地の多い地方,未開発の僻地(へきち)などに多く飼われており,多目的に利用されているので品種の数も多い。

乳用種としてはヨーロッパ系の改良種が多く,スイス原産のザーネン種Saanen(白色,無角),トッゲンブルグ種Toggenburg(チョコレート色に白徴,有角),イギリス原産のアングロ・ヌビアン種Anglo-Nubian(無角,垂耳,毛色は多様)が有名である。〈貧農の乳牛〉とも呼ばれ,小規模経営の農家の自家用乳生産に主として用いられているが,ヤギ乳を原料とするチーズもフランス,スイス,イタリアには多い。泌乳能力は年間600~1200kg,脂肪球が小さく消化のよいことも特徴の一つである。肉用種としては,とくに改良の進んだ品種はないが,アジア,アフリカに飼われるヤギのほとんどすべてが肉用で,インドにはジャムナパリ種Jamunapari,エタワ種Etawaなど乳肉兼用の品種もある。ヤギ肉は特有なにおいがあって嫌う人も多いが,日本でも沖縄県や長崎県では古くからヤギ肉料理が食べられていて,肉用の在来ヤギ(トカラヤギ,シバヤギ)が飼育されていた。毛用種としてはモヘアmohairを生産するトルコ原産のアンゴラ種Angora,冬に生える下毛が高級織物(カシミア織)の原料となるカシミア種Cashmereが有名である。モヘアは毛長15~18cmで,光沢と弾力にすぐれ,薄地の夏服地,肩掛け,高級ビロードなどの原料とする。このほか皮革も利用され,羊皮よりもじょうぶで,銀面の模様が美しいので,キッドと呼ばれ手袋や防寒衣料,袋物に利用される。

ヤギはじょうぶで温和な家畜であり,食性も広いので飼いやすい家畜である。飼料は青草のある季節は野草,牧草,樹葉などを中心に与え,冬季は干し草,サイレージ,藁稈(こうかん)類,根菜で代替する。ヤギの習性として雨露に濡れた餌,汚れた餌を嫌うから,頭部より高い位置の草架に投入して与えるのがよい。繁殖期は秋で,生後6~7ヵ月を過ぎた雌には21日間隔で発情が起こる。発情徴候は明りょうで,鳴声,振尾,不穏な挙動,外陰部の腫張,粘液の分泌などから判定する。普通明け2歳の個体から繁殖に供用する。妊娠期間は平均152日。春に分娩(ぶんべん)をむかえる。単子であるが,双子以上の場合も多く,3子もまれでない。ことにシバヤギにおいては多胎の場合のほうが多い。分娩は軽く,ほとんど人手を要しない。子ヤギは生後3~4日は母ヤギにつけ,初乳を飲ませなければならない。

 有角の個体の除角を行うのは,生後7~10日ごろで,角のはえる位置を旋毛で確認し,その部分の毛を刈ってから角の成長点を苛性カリのような薬品もしくは焼きごてで焼烙(しようらく)する。またヤギのひづめは定期的に削蹄しないと,角質部が伸び過ぎて腐蹄症の原因となったり,姿勢を悪くしたりする。2ヵ月ごとに削蹄鋏(さくていきよう)か鎌で削り矯正する。ヤギは強健な家畜で病気の心配は比較的少ないが,飼料に原因する胃腸カタルや鼓脹症(第一胃の発酵異常),放牧時の有毒植物採食による中毒などが多い。またウシに寄生する糸状虫Setaria digitataの子虫が脊髄に迷入しておこる腰麻痺,胃に寄生する捻転胃虫,原虫の1種コクシジウムの寄生による下痢症などの被害もあるので,予防,治療には十分の注意を必要とする。
家畜
執筆者:

ヤギは多くの場合ヒツジとの対比で語られる。すなわち,ヤギはヒツジにくらべて野生的であり,価値的にも劣ったものと考えられた。新約聖書では最後の審判において,キリストが,ちょうど羊飼いがヒツジとヤギを分けるようにすべての人間を善き者と悪しき者に分けると書かれている(《マタイによる福音書》25:32~33)。ギリシア神話における牧神パンは牧人たちの崇拝する神であって,その姿は下半身はヤギで足にはひづめをもち,上半身はいちおう人間の形をもつが,額にはヤギ角,あごにはヤギひげをもつとされた。パンのほかに,ギリシアではサテュロス,シレノス,北欧民話の森の精リェシー,ローマではファウヌスといった半獣神がいる。これらは古典時代には牧歌的な神々として親しまれたが,キリスト教が生まれてからは,山や森に住む好色で悪魔的な存在に変容させられた。悪魔の王たるサタンも,しばしばヤギの姿で図像化されている。

 なお,身代りのヤギ,つまりスケープゴートということばは,旧約時代,人々が自分たちの罪を1頭のヤギになすりつけ,荒野に放って死に至らしめた儀式に基づくといわれる。この表現からわかるように,社会内的汚れをヤギに転移させ,それを野に放つことで汚れをはらう儀礼が,地中海世界にはあった。野生みを保ちつづけるヤギが,〈文化〉に対して〈自然〉,〈中心〉に対して〈周縁〉的存在とみなされ,汚れおとしの手段とみなされたためであろう。
執筆者:



ヤギ

花虫綱ヤギ目Gorgonaceaに属する腔腸動物(刺胞動物)の総称。Gorgōnとはギリシア神話の魔女の名である。すべて海産で,やや広がった仮根で他物に付着し,木の枝状,扇状やむち状の群体をつくる。浅海から深海まで分布し,暖海に種類が多い。群体内の中央にはじょうぶな軸骨があり,その表面を多数のポリプと薄い共肉がおおっている。共肉は内外2層よりなり,外皮層には石灰質の骨片がまばらにあり,内層は髄部に硬い骨軸を形成していく。骨軸には石灰質の骨片からなるものと,ゴルゴニンと微量の石灰質からなる非骨片質のものとがあり,前者を骨軸亜目Scleraxonia,後者を全軸亜目Holaxoniaとしている。群体の色彩が赤色,橙色,黄色など美しいものが多く,また大型なため海中景観をにぎわす主役になっている。

 骨軸亜目にはイソバナMelithaea flabelliferaや有用種であるアカサンゴCorallium japonicumなどが含まれる。全軸亜目にはハナヤギAnthoplexaura dimorpha,トゲヤギAcanthogorgia japonica,ムチヤギEllisella rubraなど多くの種類がある。骨軸の硬度が高いものは加工して装飾品に用いられる。
サンゴ
執筆者:

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百科事典マイペディア 「ヤギ」の意味・わかりやすい解説

ヤギ(山羊)【ヤギ】

偶蹄(ぐうてい)目ウシ科ヤギ属の哺乳(ほにゅう)類の総称。エーゲ海の諸島(ベゾアール),カフカス,イラン(マーコール)などに分布する数種の野生のノヤギを飼いならしたものといわれる。前7000年ころから家畜として飼われたといわれる。ヒツジに近縁で,反芻(はんすう)胃をもつ点,身体の大きさ,鳴声,繁殖習性,群居性,臆病で無抵抗なこと,飼料の利用性,罹病性など多くの共通点をもつが,角の断面がひょうたん形あるいは四辺形であること,雄はあごひげをもち,尾の下面に悪臭を出す腺をもつ点などで異なる。またヒツジは草を好むが,ヤギはむしろ樹葉を好んで食べる。家畜ヤギは用途によって乳用,毛用,肉用に大別され,乳用種としてはザーネン種,アングロ・ヌビアン種が,毛用種としてはアンゴラヤギカシミアヤギなどが有名。肉用種はあまり品種改良が行われなかったが,最近西アフリカでボアが作出された。
→関連項目家畜

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ヤギ」の意味・わかりやすい解説

ヤギ
Capra hircus; goat

偶蹄目ウシ科。イヌに次いで古い家畜の一つ。ヤギの家畜化はアジアで進められ,前 3500年にはすでに家畜化されていたと考えられている。ノヤギを飼い馴らしてつくられたもので,耳の形,角の有無,毛色など品種によりさまざまであるが,尾の下に特有な臭いを出す尾下腺をもつこと,顎の下に1対のひげがあることなどが共通している。その利用目的により肉用,乳用,毛用などに分けられ,また産出地域により,ヨーロッパ種,アフリカ種,アジア種などに区別される。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

日本の企業がわかる事典2014-2015 「ヤギ」の解説

ヤギ

正式社名「株式会社ヤギ」。英文社名「YAGI & CO., LTD.」。卸売業。明治26年(1893)創業。大正7年(1918)「株式会社八木商店」設立。昭和18年(1943)「八木株式会社」に改称。平成元年(1989)現在の社名に変更。本社は大阪市中央区久太郎町。繊維専門商社。原料の糸から布地・衣料品まで総合的に扱う。東京証券取引所第2部上場。証券コード7460。

出典 講談社日本の企業がわかる事典2014-2015について 情報

デジタル大辞泉プラス 「ヤギ」の解説

ヤギ

2000年に台風委員会により制定された台風の国際名のひとつ。台風番号、第19号。日本による命名。星座の「やぎ座」から。

出典 小学館デジタル大辞泉プラスについて 情報

ダイビング用語集 「ヤギ」の解説

ヤギ

サンゴの一種で俗にソフトコーラルと呼ばれる。黄色や赤などさまざまな色彩に富み、美しい水中景観をつくる。

出典 ダイビング情報ポータルサイト『ダイブネット』ダイビング用語集について 情報

栄養・生化学辞典 「ヤギ」の解説

ヤギ

 [Cupra hircus].肉を食用にし,また乳も利用する.

出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のヤギの言及

【乳】より

…神や英雄や聖人の養育譚に乳が重要な役割を果たすことは多い。ゼウスはクレタ島イデ山の雌ヤギあるいはニンフのアマルテイアの乳で養われた。サンタ・クロースとして広く親しまれる聖ニコラウスは,乳児のころ,キリストがユダに裏切られた水曜日と十字架にかけられた金曜日には,母の乳房を1度しか吸わなかったと,《黄金伝説》には説かれている。…

【テント】より

…東はチベットから西は北アフリカまで,乾燥地域に広くみられる。チベットでヤクの毛を素材として用いる以外,ほとんどの地域では黒ヤギの毛で織った織布をテント地として使用している。北アフリカなど一部の地域では,ヤギの毛にヒツジやラクダの毛をまぜて使うこともある。…

【動物】より

…動物とは,他の生物を食べて独立生活をする生物の総称で,分類学上,植物界に対して動物界Animaliaを構成する。
【動物と植物】
 動物も植物もその体は,水,無機塩,炭水化物,脂肪,タンパク質からなるが,消耗した成分を補い,新しい組織をつくるなど,生活に必要なエネルギーを得るためには栄養分が必要である。緑色植物は栄養分としての炭水化物を,光のエネルギーを用いた炭酸同化(光合成)によって大気中の二酸化炭素と水からつくり出す能力をもっている(独立栄養)。…

※「ヤギ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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