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ラオ Rao,Narasimha

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ラオ
Rao,Narasimha

[生]1921.6.28. カリムナガール(現アンドラプラデーシュ)
[没]2004.12.23. ニューデリー
インドの政治家。ハイデラバード,ボンベイ,ナーグプルの諸大学で法律学を専攻。 1938年に独立運動に参加。インド独立後,1957年以来,アンドラプラデーシュ州政界に入り,州首相 (1971~73) に就任。その後,1970年代後半から連邦議会下院議員となり,インディラ・ガンジーとラジブ・ガンジーの両首相時代に外務大臣,国防大臣,内務大臣を歴任した。 1991年,ラジブ暗殺後,初の南インド出身の連邦首相に就任。経済面では経済自由化を推進する一方で,内政面では憲法とインド型民主主義の擁護者としてヒンドゥー原理主義勢力と対抗する方針を打ち出した。理想的にはネルー型民主主義を原則とした。

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百科事典マイペディアの解説

ラオ

ラオスの主要民族。タイ北部からコラート地方にも居住するタイ系民族で,いくつかの地方群に分かれる。小乗仏教徒が多く,各集落にワット(寺)があり僧侶がいる。ピーPhiと呼ばれる精霊の崇拝も深く浸透。
→関連項目イサーンインドシナモーラムラオス

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ラオ
らお
Lao

タイ北部からラオスにかけて分布するタイ系の民族。ラオの言語ラオ語はタイ語族に属し、先史時代にはタイ人と共通する起源をもっていたと考えられている。もともとアッサムから中国南部にかけての地域に住んでいたのが、やがて今日のタイ人の祖先はチャオプラヤー川流域へと移動し、しだいにマレー半島へと南下した。一方、ラオ人の祖先はメコン川およびその支流の流域に移動し定着した。メコン川西岸のラオ人の多くは、タイ人の支配を受けるようになった。ラオの人口は、ラオスで約200万人であるが、タイに住む者のほうが多い。ラオは水田や焼畑で稲をつくり、米は蒸して食べる。米以外の穀物や、野菜、果樹の栽培を行い、豚、ニワトリ、アヒル、水牛、牛などを飼う。稲は5~10月の雨期に植え、11月の乾期の初めに収穫する。乾期には狩猟、漁労を行ったり、杭上(こうじょう)家屋を新築、修理したり、交易を行ったり、仏教の祭礼を行ったりする。ラオ人の大多数は仏教徒で、若者は少なくとも3か月間僧の修行を積むことが望ましいとされている。仏教と同時にピイとよばれるさまざまな形態の精霊の存在を信じ、それぞれのピイに対してふさわしい儀礼を行う。たとえば、土地のピイを祀(まつ)って鎮める場合には、動物の供犠(くぎ)を含む年中行事を行う。ラオにとっては、精霊の存在を信ずることと仏教の信仰とは矛盾しないのである。[清水 純]

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