ラサ

百科事典マイペディアの解説

ラサ

中国,チベット自治区の主都。漢字では薩。標高3630m。ヤルンズアンボ川(ヤルツァンボ川とも)の支流ラサ川(キチュ川とも)の右岸にあり,自治区のほぼ中央部に位置。日照時間が長く,〈太陽の町〉の別称がある。自治区政教の中心たるポタラ宮黄帽派のレボン,セラ,ガンデンの三大寺がそれぞれ西・北・東郊外にある。市の中心部には,チョカン寺(大昭寺),新華書店,ラサ飯店,清真寺などがある。チョカン寺を一周する道パルコル(八角街)はチベット一の繁華街となっており,道路の両側には商店や露店が立ち並ぶ。この道を一周すると,ラサ市内のすべての仏像,寺院,経蔵をめぐったことになるとされ,巡礼者が慣例に従って右回りにこの道を回る姿が見かけられる。ネパール族,回族,漢族が商業区を形成し,毛皮,茶,麝香(じゃこう),塩,金,生薬等を交易する。仏像・仏具・木版印刷の伝統工業のほか,製鋼・機械・セメント工業がある。西寧,雅安,カシュガルへ向かう3公路があり,自治区交通の中心。都市としての起源は7世紀前半にソンツェン・ガンポ王が吐蕃(とばん)の首都と定めたことにある。1956年中国政府により自治区準備の処置がとられたが,1959年ダライ・ラマ14世は反乱を起こし,中国軍が制圧ののち,1965年自治区の主都となった。青海省経由でラサに至る青蔵鉄道(全長1142km)が2001年着工,2006年7月開通。西郊外の人民公園(ロブリンカ)には,歴代ダライ・ラマの夏の宮殿がある。20万人(2014)。
→関連項目チベットチベット問題

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世界大百科事典 第2版の解説

ラサ【Lhasa】

中国,チベット自治区中東部の市。人口4万(1994)。青蔵高原の南,ヤルンズアンボ川の支流,ラサ川の中流部にあるチベット第一の都市。自治区政府の所在地。行政区域としての市域は広大で,農・山村部メゾクンガル(墨竹工卡)など7県をふくむ。標高3600m余の高さにあるが,日照時間が長く〈太陽の町〉ともよばれる。 8世紀,チベットを統一した吐蕃のツェンポ・ルンツェンの死後,各部族が反乱を起こしたが,息子のソンツェン・ガンポが再統一,ラサの建設は彼がロオシエ(熱莫切)平地に都をおいたことに始まる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ラサ
らさ / 拉薩

中国、チベット自治区中南部にある地級市。同自治区最大の都市で、自治区の首府である。青蔵(せいぞう)高原南部、ヤルンズアンボ江(ブラマプトラ川上流)支流のラサ河中流域に位置する。標高3600メートル。2市轄区、ダムション、ニェモなど6県を管轄下に置き(2016年時点)、ナム湖、ニェンチェンタンラ峰などを市域に含む。人口57万6100(2011)。ラサの日照時間は長く、年間3000時間を超えるため「太陽の町」とよばれる。
 ラサ河の河谷では主食とされる青(チンコー)(ハダカエンバク)やエンドウのほか小麦の栽培も盛んである。工業は民族手工業の割合が高いが、衣服、せっけんなどの部門は協同組合方式による集団制手工業工場が多い。比較的大きな工業企業としては、中華人民共和国成立直後には能力の低い水力発電所、製紙工場、造幣所のみであったが、1953年に設立されたカーペット工場をはじめ、1960年送電を開始したガチェン水力発電所を基礎に、国営製粉工場、農機具工場、搾油工場などが建設され、工業化が進んでいる。
 市内にはポタラ宮(1994年「ラサのポタラ宮歴史地区」として世界遺産の文化遺産に登録)、ノブリンカ離宮、大昭寺、セラ寺などの旧跡、寺院がある。川蔵・青蔵・新蔵・(てんぞう)の四つの自動車道や、ツォモ、ツォナへの自動車道が通り、隣接するロカ市のラサ・クンガ空港からは成都(せいと)や西安(せいあん)への航空路が開かれている。[駒井正一・編集部]

歴史

古代チベット王国(吐蕃(とばん))の夏の住地であったラサに、640年、中国から初代チベット王ソンツェンガンポの長子に嫁いできた文成(ぶんせい)公主はラモチェ寺(小昭寺)を建立した。のちにトゥルナン寺(大昭寺)もここに建立された。金城公主(?―739)も710年ティデツクツェン王に嫁ぐためこの地に至り、唐との会盟を記念した石碑(唐蕃会盟碑)も823年にここに立てられ、チベットの政治と文化の一中心地となった。ランダルマ王の破仏による混乱を経て、11世紀前後にふたたび仏教が盛んになると、トゥルナン寺(別称チョカン)に対する尊崇も集まり、1190年にはヤツェ王が黄金の屋根を献じている。
 その後、各宗派と大貴族の消長に応じて支配権も移動したが、チベット全土を平定したグシ・ハン(顧実汗。1582―1656)は、1642年に全権をダライ・ラマ5世(1617―1682)にゆだね、5世は1645年ポタラ宮の造営を開始し、摂政(せっしょう)サンギェギャツォ(1595―1658)が1648年白宮(政治と生活の場)を完成させた。サンギェギャツォの死後も工事は続き、1693年に紅宮(宗教の場)が完成、ラサは以後の政教の中心地となった。
 その後も何度か外国軍の侵入を受け、1951年には中国人民解放軍に支配され、チベット自治区の首府となった。[原田 覺]
『R・A・スタン著、山口瑞鳳・定方晟訳『チベットの文化』(1971・岩波書店)』

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世界大百科事典内のラサの言及

【インド音楽】より

…リズム面の発達は著しく,ターラtālaと呼ばれる拍子は,やはり規則的な枠組みのなかで多様に変化する。芸術音楽はラサrasa(詩的情趣)の表現を目的とするといわれている。元来,合唱や合奏を好まない伝統のなかでは和声法は発達せず,音楽の追究は旋律の陰影と,拍子の変化の妙味に向かった。…

【カービヤ】より

…韻文,散文および両者の混交した戯曲も包含し,プラークリット語やアパブランシャ語の併用も許される。厳密な定義を下すことはむずかしいが,読者に一定の情緒(ラサ)を喚起させ,特定の特徴(グナ)のある文体(リーティ)を備え,複雑な修辞法(アランカーラalaṁkāra)によって修飾された文学的作品をいうもので,内容にもある程度の制限があるため,むしろ形式に重きをおく傾向が強い。カービヤの起源は一般に大叙事詩《ラーマーヤナ》にあるといわれているが,この大叙事詩の後に抒情詩,叙事詩,戯曲,伝奇小説,説話,寓話など各種類の作品が作られ,これにともなって詩論,修辞学,戯曲論等が著しく発達した。…

【ジョカン寺】より

…まつられているチョオは文成公主が唐からもたらし,初めラモチェ(小招寺)にまつられていたものである。チベット仏教第一の聖地,ラサlha sa(または招地)とも呼ばれ,しだいに首都を指す名に変わっていった。【山口 瑞鳳】。…

【チベット自治区】より

…1地区級市,6地区からなり,さらにそれらが77県級行政地域(1市,76県)に区分されている。自治区人民政府所在地はラサ(拉薩)市。
[自然]
 チベット自治区は北はタングラ(唐古拉),ホフシル(可可西里),崑崙,西はカラコルムの支脈とヒマラヤ,南はヒマラヤ,東は横断山脈にかこまれ,ほぼ全域が青蔵高原の一部,すなわちチベット高原からなりたつ典型的な山地性高原である。…

※「ラサ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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