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ランドフスカ Landowska, Wanda (Louise)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ランドフスカ
Landowska, Wanda (Louise)

[生]1879.7.5. ワルシャワ
[没]1959.8.16. コネティカット,レークビル
ポーランドのチェンバロ奏者。ワルシャワとベルリンでピアノと作曲を学んだ。 1900年パリに行き,17~18世紀の音楽とチェンバロを研究。チェンバロ奏者として演奏活動をするとともに,ベルリン高等音楽院に新設されたチェンバロ科主任教授として弟子を育成。 25年にはパリ郊外サンルラフォレに古典音楽学校を創設した。 41年以降はアメリカに定住。バッハの研究家として知られ,著書に民俗学者であった夫 H.ルーとの共著『古典音楽』 Musique ancienne (1909) がある。

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百科事典マイペディアの解説

ランドフスカ

ポーランド出身の女性ハープシコード奏者,ピアノ奏者。18世紀末以来忘れられた楽器となっていたハープシコードの復興に力を注ぎ,20世紀の〈バッハ・ルネサンス〉に大きな役割を果たした名演奏家。生地のワルシャワ音楽院でピアノを,ベルリンで作曲を学ぶ。1900年パリへ移住し,スコラ・カントルムで教鞭(きょうべん)をとる一方ハープシコードと17−18世紀の音楽の研究に打ち込む。1903年ハープシコード奏者としての活動を開始。1909年,著書《古楽》を刊行。1912年にはフランスの楽器メーカー,プレイエル社に指示し,響きの豊かな大型のハープシコードを製作。1913年−1919年ベルリン高等音楽学校で初代ハープシコード教授を務め,1925年パリ郊外にハープシコード教育のための音楽学校を創立。1941年に渡米し,以後米国に暮らした。その音楽観と演奏様式は今日の古楽演奏家のそれとは大きく隔るものだったが,ハープシコードとその数多くのレパートリーを現代によみがえらせた功績は大きい。ハープシコードによるバロック音楽のほか,ピアノによるモーツァルトの名演も録音に残されている。ファリャの《ハープシコード協奏曲》,プーランクの《田園の合奏》などの名曲がランドフスカに献呈された。→カークパトリック古楽

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世界大百科事典 第2版の解説

ランドフスカ【Wanda Landowska】

1879‐1959
ポーランド出身の女流ハープシコード奏者。ハープシコードの復興に決定的な役割を演じた先覚者。ワルシャワ音楽院でピアノを,次いでベルリンに留学して作曲を学ぶ。1900年パリに移り,ハープシコードに心を引かれて研究し,03年パリでこの楽器による公開演奏会を開いた。以後ハープシコードの普及に力を注ぐ。13‐19年ベルリン高等音楽学校のハープシコードの初代教授。25年パリ郊外にハープシコード教育のための音楽学校を創立。

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大辞林 第三版の解説

ランドフスカ【Wanda Landowska】

1879~1959) ポーランドの女流チェンバロ奏者・ピアニスト。欧米で活躍し、現代におけるチェンバロ音楽の興隆に先鞭をつけた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ランドフスカ
らんどふすか
Wanda Landowska
(1879―1959)

ポーランド出身のハープシコード(チェンバロ)奏者。生地のワルシャワ音楽院で学ぶ。1900~13年パリに住み、教育活動と古い音楽の演奏に力を注ぐ。13~19年ベルリンでハープシコードを教え、その後はふたたびパリで古い音楽の演奏、解釈を指導した。41年にアメリカに移住し、コネティカット州レークビルで没した。彼女は、当時ほとんど忘れられていたハープシコードの復興に尽力、ホールでの公開演奏が可能な豊かな音量の楽器の製作を推進するとともに、バッハやその周辺の音楽を、ピアノではなくハープシコードで演奏する意味を、演奏、教育、執筆活動を通じて説き続けた。またファリャ、プーランクらが、ハープシコード協奏曲を彼女のために作曲している。[美山良夫]
『D・レストウ編、鍋島元子・大島かおり訳『ランドフスカ音楽論集』(1981・みすず書房)』

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