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ラ・ロシュフーコー François VI,duc de La Rochefoucauld

世界大百科事典 第2版の解説

ラ・ロシュフーコー【François VI,duc de La Rochefoucauld】

1613‐80
フランスのモラリスト。由緒ある大貴族の子としてパリに生まれる。14歳で結婚,15歳で軍務につき,当時の軍人大貴族の例にもれず,あるいは戦場で戦闘に,あるいは宮廷で恋愛と政治的陰謀に明け暮れる日々を送る。ルイ13世治下では宰相リシュリューに対する数々の陰謀に関係し,一時バスティーユに投獄され,追放処分を受ける。リシュリューの死(1642)後,宮廷に戻るが,フロンドの乱が起こると愛人ロングビル公爵夫人とともに反乱軍に身を投ずる。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

世界大百科事典内のラ・ロシュフーコーの言及

【サブレ夫人】より

…後年,自身もサロンを開き,特にジャンセニスト系の人々が集まり,思想,文学を論じた。短い文の中に鋭く真理をえぐるマクシム(格言)を書くのが流行したのはこのサロンであり,サブレ夫人自身も《格言集》(1678)を印刷しているが,特にラ・ロシュフーコーの名高い《箴言(しんげん)集》が,このサロンでの論議から生まれたことが注目される。【福井 芳男】。…

【サロン】より

…この時期には,パリをまねた地方都市のサロンも多くなった。17世紀にはそのほか,ラ・ロシュフーコーの《箴言集》や,J.deラ・フォンテーヌの《寓話》を生み出したサブレ夫人のサロン,多少軽佻な趣があったスカロン夫人Mme.Scarron(1635‐1719。のちのマントノン夫人marquise de Mantenon)のサロンなどがあり,17世紀末には自由思想家(リベルタン)たちを集めたニノン・ド・ランクロNinon de Lenclos(1620‐1705)のサロンも出現した。…

※「ラ・ロシュフーコー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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