リバプール(英語表記)Liverpool

翻訳|Liverpool

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

リバプール
Liverpool

イギリスイングランド中北部西寄り,マージーサイド地域西部の港湾都市で同地域の中心都市。リバプール地区を構成する。ロンドンの北西約 300km,アイリッシュ海に面し,マージー川河口の三角江(エスチュアリー)の右岸に位置する。1207年勅許状が与えられ,沿岸部やアイルランド交易を行なうようになったが,それまでは小さな港町にすぎなかった。発展は 17世紀半ば,シルトの堆積により浅くなった南のチェスター港に代わってこの地方の主要港となってからである。この頃からいわゆる三角貿易により西インド諸島との交易が盛んになった。これに伴って港湾施設や,ランカシャーの織物工業地帯などの後背地とを結ぶ交通網の整備,拡充が進み,18世紀半ばには飢饉を逃れてきたアイルランド人の流入もあって人口が急増した。19世紀には蒸気船により北アメリカや海外植民地との貿易が活発になり,後背地もペナイン山脈を越えてミッドランド地方やヨークシャー地方に広がり,イギリス最大の輸出港となって繁栄した。20世紀に入ると急速な発展に起因する種々の問題が生じ,市経済が停滞。第2次世界大戦後は在来工業である造船,製糖などが衰退し,代わって自動車,機械工業および各種軽工業が導入された。三角江対岸のバーケンヘッドの港湾施設を含めたリバプール港の貿易・海運活動も衰退し,大量の失業者を生み出した。1981年には大きな暴動も起こったが,以後港湾再建計画によって倉庫事業などが復興しており,港湾は依然として経済の主柱である。リバプール大学(1881)をはじめとする高等教育機関,博物館,図書館,劇場などの文教施設があり,交響楽団や合唱団をもつ。18世紀の市庁舎,19世紀の聖ジョージホールなどが残っており,アングリカン・チャーチ大聖堂(1978),カトリックのメトロポリタン大聖堂(1967)がある。古くからの港町としてコスモポリタン的性格をもつ反面,リバプール方言で知られるようにきわめて郷土色の強い町でもあり,1960年代にはその一面が同市出身のビートルズの登場によって世界的に知られた。マージー川対岸のバーケンヘッドとはフェリーのほか,道路トンネル,鉄道トンネルで結ばれている。2004年大英帝国の発展を支えた歴史ある海洋商都として,世界遺産の文化遺産に登録。地区人口 43万6100(2006推計)。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

デジタル大辞泉の解説

リバプール(Liverpool)

英国イングランド北西部、ランカシャー地方の港湾都市。アイリッシュ海に注ぐマージー川北岸にあり、13世紀以来貿易港として発展。繊維・機械などを輸出。造船・製粉工業が盛ん。ビートルズ結成の地としても知られる。2004年、ピアヘッドアルバートドックなどを含む地域が「リバプール海商都市」の名称で世界遺産(文化遺産)に登録されたが、再開発計画により2012年には危機遺産に登録。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

百科事典マイペディアの解説

リバプール

英国,イングランド北西部,マージーサイド特別州西部の港湾都市。ロンドンに次ぐ英国第2の貿易港。綿花穀物木材,タバコ,石油などを輸入,綿・羊毛製品,機械,鉄鋼などを輸出する。造船,タバコ,製糖などの工業もある。大学(1903年創立)があり,河底トンネル(鉄道・道路)でマージー川対岸のバーケンヘッドウォラシーと結ばれる。12世紀末の記録に名がみえるが,18世紀に入って西インド諸島などとの奴隷貿易で急速に発展,産業革命期に港湾施設が整備され,今でも当時の姿をとどめる地域や施設群が2004年,世界文化遺産に登録された。ビートルズ誕生の地としても知られる。46万6415人(2011)。
→関連項目アイリッシュ海ハリソン

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典 第2版の解説

リバプール【Liverpool】

イギリス,イングランド北西部,マージーサイド州(旧,ランカシャー)にある港湾・工業都市で州都。人口47万1000(1995)。地名語源は〈濁った水たまり〉の。マージー川エスチュアリー(三角江)の湾口右岸に位置し,ロンドンに次ぐイギリス第2の貿易港であり,またキュナード汽船会社の所在地としても知られる。伝統的にアメリカ大陸やインド,アフリカとの交易が中心で,綿花・綿製品の取扱量は低下したものの,肉類・穀物・木材などの輸入,機械類・繊維製品などの輸出が盛んである。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

精選版 日本国語大辞典の解説

リバプール

(Liverpool) イギリス、イングランド北西部マージー川河口にある港湾都市。イギリス最大の工業地帯を控える大貿易港。一七世紀にアメリカ大陸との貿易、特に奴隷貿易で栄え、一八世紀後半産業革命によりさらに発展した。ビートルズの生地としても名高い。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

世界大百科事典内のリバプールの言及

【イングランド】より

…北東イングランド工業地域では,重工業の中心が従来のニューカスルからミドルズブラやサンダーランドへと移行しつつある。またランカシャー工業地域でも,発展途上国との競合で綿工業が打撃を受けたため,紡績・織物工場の機械工場への転換が促進され,さらには工業中心そのものがマンチェスター周辺から,石油化学・自動車工業などが立地する臨海のリバプールへと変化している。一方,ペナイン山脈東麓側のヨークシャー工業地域では,綿工業ほどの衰退はみられないが,羊毛工業の集中・専門化は進み,ブラッドフォードなどの西ヨークシャー諸都市で高級品の生産が行われている。…

【植民地】より

…同様に重要な役割を担ったのは,〈三角貿易〉に代表されるように,プランテーションの繁栄にともなって興隆をきわめた奴隷貿易である。こうしてアフリカ人奴隷を犠牲にすることによって得られた富がリバプールに繁栄をもたらし,ひいてはイギリス産業資本主義の基礎を築きあげた。しかしこの飛躍的発展のいわばトランポリンとして利用されたアフリカでは,一説によれば6000万人ともいわれるほどの人口が減少し,それによってこの大陸は低開発の過程を突き進むことになった。…

【トーリー党】より

…以後,アメリカの独立,フランス革命などの影響で急進主義が高揚すると,支配層はいっそう保守化し,ピットなどの指導下にトーリー内閣がつづいた。 1820年代から産業革命による工業の発展と自由主義思想の広がりの影響をうけ,トーリー党内部にも自由主義派が生まれ,リバプール内閣(1812‐27)のもとで自由主義政策をとるにいたり,ホイッグ党との差はあいまいになった。30年グレー内閣の成立によりホイッグ党へ政権を譲り渡すが,このころからトーリー党という名称に代わって保守党という名称が用いられるようになる。…

【奴隷貿易】より

…したがって,16世紀の奴隷貿易はポルトガル人によって展開されたが,17世紀になるとオランダ西インド会社が進出し,17世紀後半からジャマイカやフランス領グアドループ,マルティニク両島が砂糖生産の中心になるにつれて,イギリス,フランス両国商人が奴隷貿易にのり出した。イギリスは,当初,1672年に設立された王立アフリカ会社Royal African Companyなど,特権会社による独占事業として奴隷貿易を展開しようとしたが失敗し,17世紀にはロンドンとブリストル,18世紀にはリバプールの個人商人が奴隷貿易を握り,年間平均10%以上の高い利潤をあげたといわれる。ただし,利潤率については,数十%から100%以上という推計もある。…

※「リバプール」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

商業施設

商業を目的とした施設。特に、デパートやショッピングセンターなど、比較的大型の小売店をさす。→複合商業施設...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android