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リュシアス リュシアス Lȳsiās

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

リュシアス
リュシアス
Lȳsiās

[生]前459頃.アテネ
[没]前380頃
古代ギリシアの雄弁家。アテネ十大雄弁家の一人。富裕な在留外国人の子に生れ,南イタリアの植民地に移住したが,のちアテネに帰った。前 404年の政変の際に財産を没収されて亡命,翌年民主政復活によって帰国し,法廷弁論の代表者として生計を立て,前 388年にはオリュンピアにおいて大演説を行い,ペルシアの脅威に対してギリシアが内紛をやめて団結することを説いた。

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百科事典マイペディアの解説

リュシアス

アテナイの演説作者。富豪の子で最高の教養を身につけたが,のち財産を没収されて弁論の代作で自活。平明で口語的で無駄のない文章で有名。

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世界大百科事典 第2版の解説

リュシアス【Lysias】

前445ころ‐前382以降
アテナイで活躍した弁論家,演説作者。シチリア島から移住した在留外人の子で,若いころ弁論術の修業をした。知的・経済的エリート層に属していたが,ペロポネソス戦終結直後前404年の政変で財産は没収され,兄弟を殺されて一時的に亡命した。この暴政を行った〈三十人僭主〉の一人に向けた《エラトステネス糾弾》(第12弁論)はみずから演説したとされるが,大部分の作品は各事件当事者の依頼を受けて書かれたものと思われる。

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世界大百科事典内のリュシアスの言及

【ギリシア文学】より

… 前4世紀初めのアテナイの文人たちの活動にはこのような幻滅感,ないしは遠心性ともいうべき特色が顕著ではあるが,反面,法廷や議会,祝典などの制度上の民主的機能の復活とともに,優れた弁論家が輩出し,名文を数多く後世に残していることも大きな特色である。リュシアスはもっとも純粋なアッティカ散文と称される弁論体によって,法廷弁論をつづり,イソクラテスは華麗な文体を駆使して全ギリシア的和合を目ざす政治と文化の理念を説く。中でもデモステネスの政治弁論はまさに壮絶といわねばならない。…

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