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リヨン大学 リヨンだいがく Université de Lyon

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世界大百科事典 第2版の解説

リヨンだいがく【リヨン大学 Université de Lyon】

フランス,リヨン大学区の3大学の総称。第1大学は医学・自然科学系,第2大学,第3大学は,法経,社会科学人文科学系を中心とする。学生数は約6万5000名(1996年現在)。交通の要衝として,ローマ文化のガリア浸透の前進基地であり,すでにカロリング時代から文化の中心地として聞こえたリヨンは,パリに次ぐフランス屈指の大都市であったが,〈大学〉はフランス革命以前には設置されなかった。1292年,教皇ニコラウス4世は,リヨンの神学・法学研究の学校を〈大学〉と承認したが,隆盛を誇ったアビニョン大学が近くにあったことや,政治的対立,ペストなどの影響で,ほとんど実体をもたなかった。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のリヨン大学の言及

【比較文学】より

…これは,近代ヨーロッパのように諸国が密接な政治的・文化的交流関係にあり,人々や情報の往来も盛んな世界では当然の発想であり,早くはドイツのゲーテ,フランスのスタール夫人らにそうした視野の芽生えがみられるが,やがて19世紀中葉から後半に入ると,しだいに独立した学問研究へと発展していった。デンマークのG.ブランデスの《19世紀文学の主潮》(1872‐90),イギリスのH.M.ポズネットの《比較文学》(1886),ドイツのM.コッホの《比較文学雑誌》創刊(1887)などはその先駆であるが,なかでも中心となったのはフランスで,当時のフランス文学研究の大家F.ブリュンティエールは全欧的国際文学史の構想を精力的に提唱,その弟子にあたるテクストJoseph Texte(1865‐1900)は比較文学畑における最初の学位論文《J.J.ルソーと文学的コスモポリティスムの起源》(1895)を著し,1896年にはリヨン大学に創設された最初の比較文学専門講座の教授に就任した。ここにほぼ学問研究としての比較文学は公認,確立されたといえる。…

※「リヨン大学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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