リー・クアン・ユー(読み)りーくあんゆー(英語表記)Lee Kuan Yew

日本大百科全書(ニッポニカ)「リー・クアン・ユー」の解説

リー・クアン・ユー
りーくあんゆー
Lee Kuan Yew
(1923―2015)

シンガポールの政治家。19世紀にシンガポールに移住した客家(ハッカ)系華人で李光耀とも表記する。1946年イギリス留学し、1950年ケンブリッジ大学法科を首席で卒業。同年帰国、社会主義に傾斜した郵便労組顧問弁護士として活躍。1954年人民行動党(PAP)を結成し、書記長に就任、イギリスに対するシンガポール独立要求を掲げる。1959年立法議会選挙に圧勝、イギリス連邦内自治国の初代首相となる。1963年イギリス、マラヤと協調してマレーシア連邦加入したが、連邦内の人種対立激化に伴い分離独立を余儀なくされ、1965年独立シンガポールの初代首相に就任。多民族・多言語・多宗教主義による民族和解と権威主義体制下の経済発展とを推進、シンガポールを代表的なNIES(ニーズ)(新興工業経済地域)に育て上げるのに成功した。冷戦後台頭した欧米先進国の人権外交に対しては、アジア諸国には個人の自由より社会の秩序を優先する「アジア的価値」があるなどと反論している。長男のリー・シェン・ロン副首相(2004年8月より首相)をめぐって「リー王朝」と批判した英字紙記者に対しては告訴によって対抗したほどである。1990年、通算31年間務めた首相を辞任したが、上級相として内閣にとどまり、2004年8月顧問相に就任(2011年辞任)。

[黒柳米司]

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20世紀西洋人名事典「リー・クアン・ユー」の解説

リー・クアン・ユー
Lee Kuan Yew


1923 -
シンガポールの政治家。
元・シンガポール首相。
シンガポール生まれ。
別名李光耀。
19世紀にシンガポールに移住した客家の出身で、ラッフルズ・カレッジで学んだ後、イギリスに留学。1950年ケンブリッジ大学を首席で卒業、同年弁護士資格を取得し、帰国後は様々な労組の顧問弁護士として活躍。’54年人民行動党を創設、同書記長を務める。翌’55年立法評議会議員となり、’59年シンガポール自治国初代首相となる。その後、’63年にマレーシア発足にともないマレーシア連邦に加入。’65年にはマレーシア連邦から分離独立し、シンガポール共和国となり、初代首相。社会的正義の実現を目指し、現実的な近代化、工業政策を実施している。90年首相を辞任し総理府上級相(顧問)となる。’68年、’73年、’75年、’77年、’79年、’82年に来日。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

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