ルカヌス(英語表記)Marcus Annaeus Lucanus

精選版 日本国語大辞典 「ルカヌス」の意味・読み・例文・類語

ルカヌス

(Marcus Annaeus Lucanus マルクス=アナエウス━) 古代ローマ詩人スペイン生まれ。現存する作品にカエサルポンペイウス争いを歌った叙事詩内乱」がある。(三九‐六五

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デジタル大辞泉 「ルカヌス」の意味・読み・例文・類語

ルカヌス(Marcus Annaeus Lucanus)

[39~65]ローマの詩人。スペイン生まれ。ストア派哲学者セネカの甥。皇帝ネロに愛されたが、のち背いて暗殺に加担し、死を命ぜられた。未完の叙事詩「内乱パルサリア)」10巻がある。

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改訂新版 世界大百科事典 「ルカヌス」の意味・わかりやすい解説

ルカヌス
Marcus Annaeus Lucanus
生没年:39-65

ローマ帝政初期の詩人。スペインのコルドバ生れで,ストア派哲学者セネカの甥にあたる。幼時にローマにわたり,恵まれた教育環境の中で成長し,20歳のころアテナイに留学した。自身詩作をたしなんだ皇帝ネロに才能を注目され,宮廷に呼ばれた。財務官をつとめるかたわら創作にはげみ数々の作品を発表したが,現存するのは絶筆となった主著《内乱賦》だけである。これはカエサルとポンペイウスの対立に端を発した前1世紀半ばの内乱を主題とした叙事詩で,決戦地ファルサロスの名をとって《ファルサリア》とも呼ばれる。ルカヌスは62年ないし63年に最初の3巻を公表したが,彼の詩才はしだいにネロの嫉妬をかい,遂には創作を禁じられるにいたった。権力に屈することをよしとしない自由主義者ルカヌスはピソを中心とする陰謀に加わり,発覚後ネロに自殺を命じられわずか26歳の生涯を閉じた。

 10巻で未完に終わった《ファルサリア》は共和政末期の内乱という近い過去の事件に題材を求めており,その点エンニウスやナエウィウスらに代表される黎明期の叙事詩の伝統を受け継いでいる。だが,この作品の最大の特徴は帝政の定着にともなう自由の後退という政治的状況を背景に,その帝政を招来した内乱をローマの政治的崩壊,倫理的退廃,そして宗教的冒瀆(ぼうとく)として描き,もってウェルギリウスの建国叙事詩《アエネーイス》に意識的に対抗した点にある。ルカヌスはおそらく共和政主義者小カトー戦死まで書く予定であったと思われる。彼は深い心理的洞察にたけ,感情の激しい起伏を好んで描くが,それらの個所を結ぶにあたってセンテンティアと言われる短く凝縮された格言,警句の類を効果的に駆使して読者ないし聴衆に強く印象づける。彼の作風には総じて弁論術の影響が顕著である。客観的文学形式である叙事詩に作者自身の意見,感想が随所に織りこまれているのも一大特徴である。また,神々が人間界のできごとにまったく介入しない筋書は古代叙事文学史上後にも先にも例がない。この作品は古典的均整を欠いた構成と細部を誇張した記述のゆえによく〈バロック的〉と評される。古代はもとより中世でも広く読まれ,写本の数もきわめて多い。近代ヨーロッパ文学に与えた影響も大きく,ゲーテの《ファウスト》第2部で〈古典的ワルプルギスの夜〉の舞台にファルサロスの古戦場が選ばれているのは最も有名な例である。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ルカヌス」の意味・わかりやすい解説

ルカヌス
るかぬす
Marcus Annaeus Lucanus
(39―65)

古代ローマの詩人。スペインのコルドバ生まれ。大セネカの孫、小セネカの甥(おい)。ローマで、風刺詩人ペルシウスと同じストア派の門に学ぶ。ネロ帝を取り巻く文人サークルに属して散文、韻文に活躍し、財務官にも任ぜられたが、文才のゆえに帝の嫉妬(しっと)を買い、いっさいの文筆活動を禁じられた。そこで彼はいわゆるピソの陰謀に加わり、発覚して自殺を命じられた。未完の叙事詩『内乱』(別名『ファルサリア』)10巻が現存する唯一の作品で、カエサルとポンペイウスの争いと共和政の末路を描く。独裁者カエサルを悪の権化として告発し、過去の栄光に包まれたポンペイウスを非力な対抗者、小カトーを絶望的に抵抗するストア派の賢者として描き、結局この内乱を運命がもたらした無意味な事件ととらえている。

[中山恒夫]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ルカヌス」の意味・わかりやすい解説

ルカヌス
Lucanus, Marcus Annaeus

[生]39. コルドバ
[没]65
ローマの詩人。セネカ (大)の孫で,セネカ (小)の甥。ペルシウスと同じストアの門に学ぶ。ネロ帝の寵愛を受けて,若くして財務官職についたが,文学上の問題で帝の嫉妬を買い,以後一切の文学活動を禁じられた。憤慨した彼はピソの陰謀に加担,発覚して自殺を命じられた。現存する叙事詩『内乱記』 De Bello Civili (10巻) は誤って『ファルサリア』 Pharsaliaとも呼ばれているが,ポンペイウスとカエサルの争いをテーマに,滅びゆく共和政の末路を暗い悲観主義の目で描いたもの。

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百科事典マイペディア 「ルカヌス」の意味・わかりやすい解説

ルカヌス

スペインのコルドバ生れのローマの詩人。ストア派の哲学者セネカの甥(おい)。皇帝ネロの寵(ちょう)を得たが,ピソの陰謀に加わり,自殺を命ぜられた。カエサルとポンペイウスの争いを物語る叙事詩《ファルサリア(内乱)》10巻(未完)が現存し,共和制の崩壊のありさまを壮大な人物像とともに描いている。

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世界大百科事典(旧版)内のルカヌスの言及

【コルドバ】より

…グアダルキビル川流域の豊かな農耕地帯を周囲に控えるコルドバは,ローマ期を通じてイベリアの代表的都市の一つとして大いに栄え,ローマ文化の一中心地だった。そしてローマ最大の思想家と評され,皇帝ネロの師であったストア哲学者セネカ,その甥で詩人のルカヌスその他の優秀な人材の生地であることから,〈子らに秀でたコルドバCorduba praepotens alumnis〉ともたたえられた。 しかし,コルドバがその歴史の中で最も繁栄し,広く知られるようになるのはイスラム期に入ってからである。…

【サテュリコン】より

…この宴会に参加した主人公たちによって,ぜいたくな食事のメニューやそこで交わされる会話が詳細に紹介されるが,この成上り者の趣味の悪さは皇帝ネロを批判したものとも考えられる。またエウモルプスという名の詩人を登場させ,大げさな叙事詩を発表させているが,これは同時代の詩人ルカヌスを風刺したものらしい。ほかにもエフェソスの寡婦にまつわるミレトス風の滑稽な小話が挿入されているのが有名である。…

【ラテン文学】より

…またそのほかの散文作家には,小説《サテュリコン》の作者ペトロニウス,百科全書《博物誌》の著者の大プリニウス,《書簡集》を残した雄弁家の小プリニウス,農学書を残したコルメラ,2世紀に入って,《皇帝伝》と《名士伝》を著した伝記作家スエトニウス,哲学者で小説《黄金のろば(転身物語)》の作者アプレイウス,《アッティカ夜話》の著者ゲリウスなどがいる。 詩の分野ではセネカの悲劇のほかに,叙事詩ではルカヌスの《内乱(ファルサリア)》,シリウス・イタリクスの《プニカ》,ウァレリウス・フラックスの《アルゴナウティカ》,スタティウスの《テバイス》と《アキレイス》など,叙事詩以外ではマニリウスの教訓詩《天文譜》,ファエドルスの《寓話》,カルプルニウスCalpurniusの《牧歌》,マルティアリスの《エピグランマ》,それにペルシウスとユウェナリスそれぞれの《風刺詩》などがみられる。2世紀初頭に創作したユウェナリスのほかはすべて1世紀の詩人たちである。…

※「ルカヌス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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