フランスの劇作家,小説家。ブルターニュに弁護士の子として生まれる。15歳で両親と死別し,しかも後見人に親の遺産を横領されたため,貧の苦しみを味わった。若くしてパリに出,弁護士として身を立てるべく法律を勉強した。しかし法律家としてなかなか芽が出ないまま,生計の足しに,当時流行のスペイン小説の翻訳を手がけ,悪漢小説の傑作《グスマン・デ・アルファラーチェ》の仏訳などを出しているうちに,自分も創作に向かう。そしてベレス・デ・ゲバラの悪漢小説《跛(びつこ)の悪魔》の翻訳という触れ込みで,実は原作を自由に換骨奪胎した同名の作品で一躍文名を高めた。小説ばかりではなく,劇作にも手を染め,パリの〈市(いち)の芝居Théâtre de la Foire〉(コメディ・フランセーズなど官立の劇団に対抗して,定期市の立つ場所に小屋掛けした民衆的な芝居)のために,コメディア・デラルテ風の《クリスパン,主人と恋の立て引き》,あるいは一段と写実色の強い《テュルカレ》といった喜劇を作り,上昇期の民衆の悪知恵を描き出した。しかしルサージュの代表作は,なんといっても《ジル・ブラース物語》で,何事にもめげぬ旺盛な活力を示す楽天主義者ジル・ブラースが,波乱万丈の冒険を経てついには立身出世するという,悪漢小説とは似て非なる,教養小説的要素さえ含んだ,近代フランス写実小説最初の傑作である。
執筆者:西本 晃二
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フランスの劇作家、作家。ブルターニュ地方のサルゾーに生まれる。地元のイエズス会系の学校を経て、1690年にパリに出た。彼の文学上の出発は、スペイン文学の翻案だった。ウルタド・デ・メンドーサHurtado de Mendozaの作品を下敷きにした劇作『主人と張り合うクリスパン』(1707)が出世作となり、ついで発表した喜劇『チュルカレ』(1709)は大当りをとった。スペイン文学から想を得て、劇作と同じく、小説にも意欲を示し、風俗小説『跛の悪魔』(1707)を書き、いちおうの成功を収めた。
しかし今日ルサージュの名を不朽にしているのは長編小説『ジル・ブラース物語』全四巻(1715~35刊)である。小説の枠組みは、スペインの悪者(ピカレスク)小説から借りているが、主人公ジル・ブラースが人生の途上で遭遇するさまざまな事件、数度に及ぶ転職などを通して、彼の人間的成長を克明に描いた点で後の教養小説とつながる面をもつ作品と考えられる。
[市川慎一]
『鈴木力衛訳『チュルカレ』(『世界文学大系30』所収・1963・筑摩書房)』▽『中川信訳『悪魔アスモデ』(『世界文学全集6 悪漢小説集』所収・1979・集英社)』
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… 17世紀のモリエールの影響はデンマークのJ.L.ホルベアなどに認められ,イタリアでは,C.ゴルドーニが,即興喜劇の伝統に固執するC.ゴッツィなどの妨害に出会いながら,文学的な性格喜劇を残した。 フランスではP.マリボー,A.R.ルサージュなどがモリエールの喜劇を継承し恋愛心理の細かいニュアンスを描いた〈恋愛喜劇〉をつくりだした。そこには社会風刺的な色彩も強まり,ボーマルシェの《フィガロの結婚》の批判性はフランス革命前の社会の雰囲気をよく伝えている。…
…フランスの小説家ルサージュの傑作。1715,24,35年刊。…
…ちなみに古典主義劇作術がヨーロッパの規範であったことの痕跡は,たとえばモーツァルトのオペラ・セーリアにうかがうことができる。それに反して,マリボーの喜劇(彼は,L.リッコボーニを団長として再びパリに定住していたイタリア喜劇団のために,そのコメディア・デラルテの〈役者体〉を使って,《偽りの告白》《二重の心変り》等の残酷なまでに洗練された恋の駆引きの遊戯を書く),A.R.ルサージュの〈風刺歌付喜劇(ボードビル)〉をはじめとする市の〈縁日芝居〉(市はサン・ジェルマンやサン・ローランの修道院領内で2ヵ月近く開かれた),そのような〈縁日芝居〉のダイナミックな喜劇性と危険な官能的遊戯を取り返した《フィガロの結婚》によって大革命前夜のパリを沸かせたボーマルシェ,古き悲劇に代わる〈市民劇(ドラム・ブルジョア)〉の理念を提唱し,また俳優という両義的存在について哲学的反省を展開したディドロ(《俳優についての逆説》が書かれた時代は,悲劇女優クレロン嬢の《回想録》を生む時代でもあった),これらが18世紀の変革の側にいる。特に市の芝居の隆盛の結果として,1759年以降,パリ北東の周縁部に当たるタンプル大通りに常設小屋が急増し,市の芝居で当たっていた〈オペラ・コミック〉をはじめとする新旧さまざまな舞台表現の場となり,特に大革命の〈人権宣言〉によって劇場開設権が万人のものと認められて以来(もちろん,まったくそのとおりにいったわけではなかったが),都市の周縁部の〈劇場街〉が,修道院の市のごとき〈宗規的時空〉からまったく自由に,かつ公式の劇場のような国庫補助も受けずに出現し隆盛を誇ったことは,フランス演劇史上の特筆すべき大事件であった。…
※「ルサージュ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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