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ルーシヨン Roussillon

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ルーシヨン
Roussillon

フランス南部の地方。旧州名。ルションとも表記される。ピレネーゾリアンタル県の大部分に該当する。中心都市はペルピニャン。前2世紀ローマ,462年西ゴートに征服され,720年イスラム教徒に一時支配されたが,750年代カロリング朝フランク王国領となり,中世にはバルセロナ伯領,次いでマジョルカ王国の一部をなし,その帰属をめぐってフランス,スペイン両国がしばしば争った。 1659年ピレネー条約により最終的にフランス領となった。ブドウ,野菜を栽培,ワイン産出地。

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世界大百科事典 第2版の解説

ルーシヨン【Roussillon】

フランス南部,スペインと国境を接する旧州名または地方名。現在のピレネー・ゾリアンタル県にほぼ一致する。中心都市はペルピニャン。ピレネー山脈の東端にあり,カニグー,カルリットの山地やテット川,テッシュ川の谷を含む一方,地中海に面し,北をコルビエール山地で画されたルーシヨン平野からなる。とくにこの平野部分を指してルーシヨンと呼ばれることが多い。フランス・カタルニャ地方の中心。きわめて温暖な気候に恵まれ(ペルピニャンの1月,7月の平均気温はそれぞれ7.5℃,23.8℃),氷点下に下がることはきわめて少ない。

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世界大百科事典内のルーシヨンの言及

【カタルニャ】より

… ところが,1620年代にカスティリャのオリバレス伯公爵が画一的に半島を統治する政策を打ち出したため,カタルニャでは暴動が勃発した(1640)。このとき,フランスはカタルニャを支援し,オリバレス伯公爵の政策は失敗に帰したが,カスティリャとフランス王国の間で結ばれたピレネー条約(1659)により,ルーシヨン(ピレネー山脈の東端にあったカタルニャ領土)はフランスに奪い取られてしまった。外国の介入を招いたスペイン人同士の戦いは,続く18世紀初頭のスペイン継承戦争においても展開された。…

※「ルーシヨン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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