ローザンヌ(英語表記)Lausanne

翻訳|Lausanne

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ローザンヌ
Lausanne

スイス西部,ボー州の州都。レマン湖北岸,ジュラ山脈に続く丘陵の山腹に発展した都市。湖岸に住んでいたケルト人が4世紀にここに集落を形成。 12世紀から 1536年までは神聖ローマ帝国の大司教領。以後 1798年まではベルン州の支配を受けた。 20世紀には,1912年のイタリアとトルコの講和条約の調印をはじめ多くの国際条約調印の地,国際会議開催地となった。文化,教育の中心地として知られ,ローザンヌ大学 (1537) ,州美術館,ローマ博物館,オリンピック博物館,国際オリンピック委員会本部がある。精密機械,金属,衣料品,皮革製品,印刷,食品加工などの製造業が立地。スイスにおける最も美しい教会の一つゴシック様式ノートル・ダム大聖堂 (12~13世紀) ,聖フランシス聖堂 (13世紀) ,聖メール城 (1397~1431,現在は州庁舎) がある。人口 11万 6332 (2003推計) 。

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百科事典マイペディアの解説

ローザンヌ

スイス西部の都市。レマン湖北岸の斜面に発達した保養地。19世紀に金属・皮革・工業が発達し,その後は精密機械,食品工業などが中心となった。ブドウ酒の取引が盛ん。初期ゴシックのノートルダム大聖堂,大学(1537年創立),最高裁判所,国際オリンピック委員会本部がある。湖岸の港ウシーケーブルカーで連絡する。594年司教座がおかれ,1434年自由市,1922年―1923年,1932年国際会議(ローザンヌ会議)開催。12万9400人(2011)。

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世界大百科事典 第2版の解説

ローザンヌ【Lausanne】

スイス南西部,レマン湖北岸に位置する観光都市。ボーVaud州(カントン)の州都。人口11万6000(1996)。6世紀末司教が定住し,司教支配下に都市が拡大,発展した。12世紀に住民は自由特許状を得て部分的な自治を享受し,13世紀前半には都市の自治組織が確立を見る。1434年帝国都市となったが,司教と都市との確執が続き,サボイア公家の介入を受けることになった。都市はベルンに救援を求めたが,結果的には1536年以降ベルンの支配下に組み入れられた。

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大辞林 第三版の解説

ローザンヌ【Lausanne】

スイス西部、レマン湖北岸の観光・保養都市。精密機械工業が発達。ゴシック様式の大聖堂・ローザンヌ大学・国際オリンピック委員会本部などがある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ローザンヌ
ろーざんぬ
Lausanne

スイス西部、ボー州の州都。人口11万5638(2001)。レマン湖北岸に位置するが、本来は北のモン・ジョラ山(901メートル)の斜面の丘陵上に立地した集落で、旧市区にはスイスでもっとも美しいといわれる初期ゴシック様式のノートル・ダム大聖堂(1173年に建造を始め1275年完成)が町のシンボルとしてそびえる。1856年に鉄道の駅が置かれてから市街は湖岸の港町ウシーまで拡大し、急成長した。現在は湖岸に沿ってルナン、ピュリー、プリリーなどの小都市を含み、沿岸12キロメートルにわたる人口集積地域を形成する。市の発展は湖岸の工業化、観光地化に負っており、州内の工業の4割はこの集積地域に集まるが、市内には地形上の制約から工場用地が少ないので、産業人口の3分の2は観光・金融など第三次産業に従事する。
 連邦最高裁判所、IOC(国際オリンピック委員会)本部が置かれ、国際会議、見本市がしばしば開かれる。総合大学(1890創立)、連邦立理工科大学(1969創立)があり、外国からの留学生も多い。[前島郁雄]

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