ワジール(読み)わじーる(英語表記)wazīr

日本大百科全書(ニッポニカ)「ワジール」の解説

ワジール
わじーる
wazīr

宰相」「大臣」などを意味するアラビア語で、英語でもそのまま用いられる。イスラム圏でワジールが出てくるのはアッバース朝(750~1258)からで、それ以前のウマイヤ朝(661~750)にはいなかった。アッバース朝初期においては、ワジールはカリフ個人の補佐役で、カリフの幼少期の家庭教師がその任にあたる場合が多かった。中期に官僚制度が整備されてくると、ワジールは官僚組織の最高位者となり、カリフにかわって実質的な行政の統轄者であった。10世紀以後はイスラム圏はいくつもの軍事政権が並存する時代となるが、ワジールは各政権の文官の最高位者であった。ただ、ファーティマ朝(909~1171)の後半期のように、ワジール職も軍人が占める政権もあった。オスマン朝ではワジールは複数が任命されたため、ワジールのなかの最高位は大ワジールと称した。現代では行政官庁の長官がワジールとよばれ、総理大臣は大ワジール、あるいはワジールの長とよばれる。

後藤 明]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「ワジール」の解説

ワジール
wazīr

イスラム国家の宰相,大臣を意味するアラビア語。ワジールの肩書は,アッバース朝のカリフ,アブル・アッバース (在位 750~754) のとき,アブーサラマが「ムハンマド家のワジール」と呼ばれたのが最初。官僚の代表としての初代ワジールは第2代カリフ,マンスール (在位 754~775) 時代のアブー・アイユーブであり,次いでバルマク家のヤフヤーやファドルがワジール位を独占して絶大な権力をふるった。アッバース朝における官僚機構の発展に伴って,ワジールもカリフの補佐役から国家の首相へとその性格を変え,財務・行政官僚としてのすぐれた能力を要求された。 10世紀以降は,カリフ権力の低下と軍人階級の台頭により,ワジールの権力は次第に低下していったが,セルジューク朝やオスマン朝では再び大きな権力をもった。

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世界大百科事典 第2版「ワジール」の解説

ワジール【wazīr[アラビア]】

イスラム諸国で行政の最高責任者を表す語で,通常〈宰相〉と訳され,現在では転じて〈大臣〉を指す。旧説では中世ペルシア語vishirの派生語で,ササン朝ペルシアの制度を借用したものと考えられていたが,アラビア語のワジールは元来〈補佐〉や〈重荷を負う者〉の意味をもっていて,それが〈君主の助力者〉というイラン思想と結びつき,アッバース朝に入って公的な肩書となった。アッバース家運動を推進してきたアブー・サラマが革命軍のホラーサーン軍から〈ムハンマド家のワジール〉という尊称を贈られたのが最初であるが,この時はまだカリフから任命されたのではなく,制度としても未熟であった。

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