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ワルシャワ大学 ワルシャワだいがく Uniwersytet Warszawski

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ワルシャワ大学
ワルシャワだいがく
Uniwersytet Warszawski

ポーランド,ワルシャワにある国立大学。共学制。 1808年法律学校として創設,18年大学となった。第2次世界大戦で破壊されたが,1945年再興され,再編成を行なった。生物学,化学,地質学,歴史学,物理学,数学,心理学,教育学,法律・行政,社会科学などの学部を設ける。

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世界大百科事典 第2版の解説

ワルシャワだいがく【ワルシャワ大学 Uniwersytet Warszawski】

ポーランド最大の大学。1816年に改革派貴族ポトツキStanisław Kostka Potocki(1755‐1821),啓蒙思想家スタシツStanisław Staszic(1755‐1826)らの努力で王立大学として創立。民族主義的な学生組織の中心となり,十一月蜂起(1830‐31)後閉鎖。1862年ワルシャワ中央学校Szkoła Główna Warszawskaとして再開され,いわゆるワルシャワ・ポジティビズムの形成に重要な役割を演ずる(ポジティビズム運動)。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ワルシャワ大学
わるしゃわだいがく
Uniwersytet Warszawski

ポーランドの首都ワルシャワにある大学。ワルシャワ大公国時代に設立された法律学校(1808)と医学校(1809)を母体に、1818年ロシア皇帝により創設された。1830年ポーランド人による十一月蜂起(ほうき)の失敗により大学は閉鎖されたが、1862年に再開。第二次世界大戦中はナチスによりふたたび閉鎖され、戦乱で破壊されたが、戦後再建され、同国最大の規模と水準を誇る。現在18学部(生物学、化学、物理学、地質学、数学・コンピュータ科学、近代言語学、ロシア語・応用言語学、ポーランド語学、ジャーナリズム・政治科学、歴史学、哲学・社会学、法律・行政学、経済学、教育学、心理学、地理・地域学、経営学、社会政策学)のほか、アメリカ研究センター、地質学博物館などがある。1995年現在、教員数約840人、学生数約2万5000人。[馬越 徹]

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